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永久に無落な花(コミティア145試し読み版 ※暴力シーンあり)

 ぼやけた世界が赤く、煌々と光っている。身体中が叩きつけられた痛みで思うように動けない。焦げ臭い熱を帯びた空気を吸う度、肺の中に流れ込んできて上手く息が出来ない。今にも途絶えてしまいそうな意識の中、私は必死の思いで炎が燃え盛る車の中に取り残された目の前の母に向けて右手を前に伸ばす。
「久那 くなあぁっ!……お母さんは、アナタを愛してる……ずっと…ずっと、見守ってるから」
 その瞬間、車が大きな音を立てて爆発した。同時に誰かが私の体を持ち上げて後ろに距離を取った。
「おい、大丈夫か! よし……良かった、生きてるな。ここは危ないから離れるぞ! 誰か、早く救急車を呼んでくれ!!」
 私が最後に見た光景は、うつ伏せで私に向かって手を差し伸べた母の姿が炎に焼かれ黒く変わっていく、その姿だった。
「あぁぁああぁぁああ! 母さんっ……おかぁさあぁああん!!」

「……な。……く。…く、な。…くな。おい、久那! 大丈夫か?」
 ハッとなって目が醒めると、そこは父が運転する車の助手席だった。あぁ……うたた寝したタイミングでまた、あの時の夢を見てしまったようだ。自分の中では区切りが付いた気がしてるだけで、無意識の中の私は、今でも苦しんでいるのだろう。
「……あ、お父さん。ごめんね、また叫んじゃってた? でも、心配しないで大丈夫」
 いつの間にか流れていた涙を父に気づかれないよう右手でさりげなく拭いながら、顔を左の窓に向ける。外の景色に目をやると、私が住んでいた都会に比べてずいぶんと緑が多くなってきたように思える。目にする建物も、少し前は無機質な白や灰色のビルばかりだったのに、今では全体的に木で出来た茶色い小さな家がまばらにあるだけだ。私は左手の手元にあったスイッチをカチッと上に向けて窓を開けた。ゆっくりと下に向かって開いていく窓から、春になったばかりのまだ少し肌寒い空気が入ってくる。森に入った時に感じる木々と土のニオイが私の鼻を衝くと、より遠い所まで来たんだなと実感してしまう。
「いいんだぞ、久那。父さんに心配かけさせろ。まだ、あれから半年しか経ってないんだ。そうすぐ立ち直れるもんじゃない。それなのにお前はよく頑張ってるさ。なんなら……父さんより久那の方が強いまである。謝るなら、父さんの方だ」
 私の右側で運転している父の方に視線だけ向けると、そこにはどこか寂しげな横顔があった。

 半年前の事。私、花ノ木久那は休日に母が運転する車で買い物に出掛けていた。その帰り、とある交差点に差し掛かった時に向かい側から来たトラックが猛スピードで私達の車に突っ込んできた。その瞬間の詳しい状況は覚えていないけど、気付いた時には私の体は車の外まで放り出されていた。頭からは血が流れ、全身に今まで感じた事のない痛みが走ってまるで動けなかった。朦朧 もうろうとする意識の中、私が目にしたのは燃え盛る炎の中で赤黒くなっていく母の姿だった。必死の思いで手を伸ばしても、私と母の距離が縮まる事はなく、近くの人達によって助け出されたのは私だけだった。そうして、次に目を醒ました時。私は病院のベッドの上で、ほぼ全身に包帯を巻かれ、色々な管に繋がれた状態でいた。側に居た父が、私の意識が戻った事に気が付いた時の様子が今でも忘れられない。
「あぁ…久那っ……! 良かった……生きていてくれて……本当に、良かった…」
 頬が痩け、涙で顔がぐちゃぐちゃになった父の顔を見たこの時に、あぁ、私はまだ生きているんだなぁ……と実感した。その後、すぐに担当の……名前は、この時の記憶がぼんやりとしていてよく覚えていないが、初老の男性の先生が病室に来て、私の状況を説明してくれた。事故が起こってから1週間が経っている事。本当に奇跡的に命に関わるような怪我は負っていなかったようで、全身打撲の治療と頭部に異常がないか観察する為に二ヶ月程度の入院が必要だ、との事だった。そして最後に、一番聞きたくなかった事を、ゆっくりと話し始めた。
「久那さんと一緒に、この病院に運ばれてきたお母さんの事ですが……残念ながら、お亡くなりになりました」
 事実を淡々と、それでいて私の事を気遣ったような口調で先生が放ったその言葉を聞いた私は、到底受け入れなれないはずなのに、意外にも冷静な気持ちでいられた。続けて先生は色々と詳しく話をしてくれた。まず、母は横転し下敷きなり炎上した車から逃げられずに焼死。向かいから衝突してきたトラックの相手の男性も衝撃でほぼ即死だったらしい。そして、その男性は酒気帯び運転だった事が事故の原因だろうという事も教えてくれた。自分の中で「あぁ、なるほど。そうなんだろうな」と冷淡でいられたのは全てを諦めていたせいなのか、そもそも身体中の痛みで感覚が麻痺しているせいなのかは、わからなかった。それから丁度、二ヶ月くらいが経った頃に私は退院する事が出来た。リハビリも順調で後遺症もなく、身体的には本当に奇跡だと先生から言われたが、精神面の方は長い時間をかけて療養する必要があるとの事だった。実際、入院中に何度も事故の光景が夢の中で蘇ってきては叫び起き、眠る事も満足に出来なかった。そして退院後、少し経ってから学校に復帰してみたものの……何でもない時に意味もなく涙が出るし、相変わらず眠れないストレスも重なり毎日のように塞ぎ込んだり、急に怒り出して教室の窓ガラスを割って暴れたりする以前とはまるで違う不安定な私を見ると、周りもどう接していいのかわからなかったのだろう。仲の良かった友達とも次第に距離が離れていき、


 ー気付けば私は1人、孤立していたー


 その頃にはもうすぐ卒業という事もあって、進学ついでに療養を兼ねて私は父の勧 すすめで今まで過ごしていた都会を離れ、自然が豊かな「とある田舎」で暮らす事になった。それが今、私達が向かっている場所で「宇多有珠村」という、正直言って都会に比べればとても小さな村だ。聞き覚えもない独特な名の付いたその土地は、実は母の出身地らしいのだが私はそんな話を聞いた事がなかった。母がそもそもあまり帰りたくなかったようで、何年か前に会った事すらない祖母が亡くなったというのも、父に話を聞いたその時に初めて知った。だが、父が私の為にと、知らない間に何度もその地に通い、頭を下げ、関係と環境をとり繕ってくれたらしい。今まで働いていたデスクワークの仕事すらも辞めて、現地で土木関係の仕事をする事になったんだよと、私に気を遣わせないよう無理な笑顔で話してくれた時はなんだか居た堪まれない気分になったのを覚えている。

 だからこそ、私は隣で運転している父にぎこちなく微笑みながらも声をかけた。
「謝らなくていいよ、お父さんは私の為に色々してくれてるのわかってるから。本当にありがとう、感謝してる」
 そう言うと、父は顔を前に向けながら少し声の調子を上げて話しかけてきた。
「これから暮らしていく村はいい所だぞ。新しい家は母さんの実家だった一軒家だからな。見た目は少し古いけど内装はリフォームして新居と変わりなくしたし、今まで住んでいたマンションよりも広くて大きいから住みやすい。自然も綺麗だからきっと久那も気に入ると思う……まぁ、田舎だからな。虫が多いのはどうしようもないから勘弁してくれよ?」
 ははは、と笑いながら車のハンドルを握る父に向かって、私はほんの少しの恨み節で返した。
「……部屋に出たらすぐお父さん呼びつけるんでご心配なく」
 そんなやり取りを交わしてから、だいたい一時間くらいが経った頃。私達は「大峯市」にある「宇多有珠村」に入ってきた。舗装されていた道路を外れて、あぜ道に入ると車がガタガタと音を立て始める。私は小刻みに揺られながら助手席の窓を全開にして顔を外に出してみる。目に付く景色全てが田んぼや畑、あるいは緑に覆われた小山ばかりで……本当に申し訳ないが、こんなところに人が住んでるのかと思ってしまう程にのどかな雰囲気でしかない。
「どうだ久那、初めての田舎は? 大丈夫さ、住めば都っていうじゃないか。すぐ慣れるよ」
 父が私を気遣ってそんな事を言った。確かに、不安はある。けど、不思議な事になんとなく懐かしさ……? みたいなものを感じている。目に付く景色も、車の中を巡 めぐる春風の匂いも、初めての経験なのに妙に落ち着いてしまう気がするのはどうしてだろう。言いようのない感情に浸っていると、父が私に再び声をかけてきた。
「ほら、久那。前の方を見てごらん。あそこにある少し大きな白い家が見えるか? あれが今日から住む事になる久那の家だぞ。どうだ、結構立派なもんだろ?」
 そう言われて私は前に視線を向けると、そこにはこの辺りの雰囲気には似つかわしくない程に大きな黒い屋根を持った二階建ての白い一軒家があった。いや、これ本当に家なの? 私はもっと木で出来た古い小さな家を想像してたのに、どっかの美術館か何かと間違えてるんじゃないのと思えるくらいだ。
「え? あそこがここに来る途中に言ってたお母さんの実家で、これから私達が住む家なの? 本当に?」
 あまりにも信じられなかったので、つい疑うような口調で父に問いただしてしまう。そんな反応を見て父は少し笑いながらも答えた。
「はははっ。その反応が欲しかったんだ。詳しい事は後でちゃんと説明するけど、あの家は本当に久那の家で間違いないよ。さぁ、もうすぐ新しい我が家に到着だ」
 うろたえる私を見れて嬉しそうな父は、明るい口調でそう言うと少し強めに車のアクセルを踏み込んだ。

 車を降りて私たちの新居と言われた家に近づくと、よりその大きさに驚く。古い家って聞いてたけど、正直この村に入ってきて見た民家に比べたら明らかに都会的だ。なんなら前に住んでたマンションの部屋より広いんだろうな。そんな事を思いながらぼーっと家を眺めていると、父が後ろから話しかけてきた。
「そんなに意外だったか? なら、中に入ったらもっと驚くと思うぞ。必要な大きい物はすぐ使えるようにある程度、地元の人達に協力してもらって用意してあるから、久那はとりあえず二階にある自分の部屋の事だけ先にやるといいよ。階段を上がって右奥の部屋にしてあるけど、気に入らなかったら部屋はいくらでも替えられるぞ。新しいベッドと勉強用の机と椅子だけは置いてあるから、後は好きにしな」
 そう父が私に言いながら新居のドアの鍵を開ける。ガチャと音と共に開けられた先に入ると、新しい家の感じの独特な匂いがした。張り替えられたばかりの白い壁紙が目に映える。内装はリフォームしたとは聞いていたけど、ここまでくると本当に新しく建てたばかりの家というのをより強く感じる。私は靴を脱いでから玄関に入ってすぐ左にある階段を上がる。父の言う通り、右奥にある部屋に入ると、そこには勉強机と椅子とベッド、後はエアコンが用意されていて残りの荷物は段ボールに入ったままの状態で置いてあった。
「さて、それじゃテキパキやっちゃいますか」
 私は軽く長袖のシャツを腕まくりして部屋の準備を始めた。それから小一時間くらい経っただろうか。元々、そんなに持ってきた物は多くなかったので大体は片付いた。畳んだ段ボールは後で一階に持っていこうかなと思った矢先、私は不意に部屋にある片上げ下げ式の窓を開けてみたくなった。手前にある四角形の白い窓を上に持ち上げると、心地のいい爽やかな風が部屋に吹き込んできた。改めて窓から見える景色はどこまでいっても緑が多い。都会の灰色で空気も息苦しい感じとは大違いだな……そう思って視線を漂わせていると、家から少し離れた先にある田んぼの小さなあぜ道にひとり、誰かがいるのに気付いた。ここからでは小さくて見えづらいが、顔に何かの動物のお面を被った、上が白で下が赤い袴を着た巫女のような格好 かっこうをした人が……こちらをジッと見ているのがわかった。
「え、何あの人? もしかしてこっちを見てる? それとも、また幻覚かな……?」
 割とつい最近まで疲れを感じた時とかに見えるはずのない物が見えたりしていたので、またそれかと思い、目を軽く擦 こすってからもう一度さっきの場所を見てみると、そこにはもう誰もいなかった。一体なんだったんだろう、と思っていると一階の方から父の声が聞こえてきた。
「おーい! 久那、そろそろお昼にしよう。降りておいで」
 部屋に掛けた時計に目をやると、丁度お昼を少し過ぎた頃になっていた。
「はーい! 今いくから!」
 私はとりあえず今の出来事は頭の片隅に置いておく事にして、畳んだ段ボールを小脇に抱え父の元へと降りて行った。

 父とニ人でお昼ご飯を済ませた後にリビングの片付けを手伝い終えた頃には、十五時くらいになっていた。家の中のやるべき事も終わったので、私は気分転換がてら少し外に散歩に出てみる事にした。
「久那、まだ土地勘がないんだからあまり遠くにはいかないようにな。都会と違ってすぐ帰れないぞ。それに自然が多いからって不用意に森に入ったりするなよ? 後、もし村の人に会ったら誰でもちゃんと挨拶するんだぞ? 父さんがある程度のご近所さんには挨拶を済ませているけど、こういう土地では人付き合いが大事で…」
「大丈夫だよ、本当にちょっとその辺を歩いてくるだけだから。心配しすぎだよ。うん、挨拶の件もわかったから」
 父が心配する理由も充分わかっている。でも、私もそんなに子供じゃないんだから大丈夫です。私は心配する父を尻目に家のドアを開けて外に出た。まぁ、実際どこの道がどう繋がっているのかさえサッパリわからないし、本当に迷子になったら嫌なので家の周りをぐるっと一周してみようかなと思った、その瞬間。


 ―家の前にある田んぼのあぜ道に、お面を被った巫女服の少女が、さっきと同じ場所にいて、私の方を見ている事に気付いてしまった―



※以降、場面転換して本編中盤の暴力シーンに入ります。


 動かなくなった少女の身体を背中側から羽交 はがい締めにして本殿の奥まで運ぶ。乱雑に叩きつけるように床に寝かせてから目の前の少女の具合を観る。目は半開きになり、だらしなく開いた口からは小さくヒューヒューと呼吸する音が聞こえる。先程打った筋弛緩剤のスキサメトニウムの有効作用は数分程。意識までは奪えないがこのまま何も処置しなければ彼女は死ぬ……だが、生きたままでなければ困る、事切れるその前に済ませてしまおう。少女の袴の腰の紐を解き、中に履いている下着共々脱がせる。どこの馬の骨の男にも汚された事のない、白い肌をした純真無垢な幼い下半身が露わになった。弛緩剤の効果と、恐怖のあまり失禁していない事を確認しつつ懐から黒い合口を取り出し、鞘から抜く。空いた左手で臍と膣口の丁度真ん中辺りから少し下の部分を触る。ここでいいだろう。そのまま右手に構えた鋭い得物を一気に腹へ振り下ろす。深く突き刺さった刃を膣の方へ力を入れながら少しずつ進めていく。肉が切れる感覚が手袋越しにも伝わり、左右に切り開かれた傷跡から赤い鮮血が湧き上がり溢れては流れている。傷が膣口の上まで達し、合口を握ったまま両手で腹を開くと、そこには鶏卵程の内蔵……子宮があった。合口を右手に持ち直し、子宮を目がけて刃を振り下ろす。何度も、何度も、何度も。途中、骨盤を削った感触がしたが一心不乱に構わず刺し穿 うがつ。……これ以上、感情的になってはいけない。もはや原型を留めない程の、ただの肉塊と化した子宮を適当に手で掴んで勢いよく壁に投げつける。張り付いた子宮だった塊はベチャっと鈍い音を立てた後、ドロドロと床へと落ちた。この傷と出血では流石に生きてはいないだろうが、万が一が起こると厄介なので、少女の顔を覗き込んでみる。半開きのままのその目は既に光を失い、口からは涎 よだれを垂れ流していた。そうか、死んだか。まぁ、この後の彼女の事を考えれば、この死に方の方がまだ幸せかもしれない……生きたまま、叫ぶ事も泣く事も出来ずに一方的に身体を裂かれ死ぬ感覚は彼女にとって想像を絶する恐怖と痛みだったろう。

だ ・が ・・そ ・う ・で ・あ ・っ ・て ・く ・れ ・な ・け ・れ ・ば ・困 ・る ・。

その場で立ち上がり、少女の亡骸の両足を掴んで引きずりながら外に連れ出す。引きずられて出来た血の後が床を汚すが別に構わない。そして、外に置いてある賽銭箱の前まで運び、そこにもたれかかるよう座らせる格好にして置いておく。これで完了だ。

 満月の明かりに照らし出された感情を喪った少女の顔は、まさに「神々しく」見えた。

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