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金魚坂の追悼

 丸ノ内線の本郷三丁目駅から徒歩十分ほどの場所に、「金魚坂」はある。
  350年続く金魚の卸問屋があることから、こう呼ばれるようになったそうだ。と、スマートフォンの画面を見ながら亮平は言う。夏も終わりに近づいた、ある日のことだった。

「ふうん」と私は相槌を打つ。

「行ってみない?」

 そう誘われて、思案したのはほんの数秒だった。ほくろの数も知っているような幼馴染の亮平と一緒に、大学進学を機に上京してもう三年。涙なくしては語れない紆余曲折を経て付き合って、すでに一年半。私たちは、東京のめぼしいデートスポットをおおかた訪れてしまっていた。だからだろうか。なんだかよくわからないその場所さえ、よく晴れて澄んだ午後、出かけるにはうってつけに思えたのだ。

 御茶ノ水駅で丸ノ内線に乗り換えて、本郷三丁目まで二駅。地下鉄の改札を抜けた私たちは、その小さな坂を目指して歩いた。さすが、天下の東京大学がある駅だ。行き交う人たちの瞳は、どこか理知的に見える。

 しばらく行くと、道はどんどん住宅地に入っていった。大きな通りの喧騒から外れて、あたりはあまりに静かだ。私たちは「平和な午後」というジオラマの、ひとつのパーツになってしまったようだった。
「本当にこの道であっているのだろうか」。スマートフォンの地図を頼りに歩きながら、言葉にしないまでも、互いがそう感じていることが分かった。

 その時、細い路地裏を覗いた亮平が、「あっ」と小さく声をあげた。私も一緒に見れば、緩やかな坂道に「金魚」の文字が現れる。のぼりと看板は鮮やかで、それまで眺めていた景色とそぐわない印象さえあった。そのちぐはぐさは、初めて来た場所のはずなのに、いつか夢で見たように懐かしかった。

 門をくぐると、トタン屋根に覆われた半屋外のような店内には、無数の水槽が並んでいた。それぞれの水槽には、異なった色かたちの金魚が泳いでいる。
 赤、橙、黄色。ぶちがあるものや、提灯のようにまん丸のもの。頭がずんぐり大きいものや、長いひれをひらひら揺らめかせるもの。見たこともないほどたくさんの金魚が、重なった水槽の中で、行儀よく泳いでいるのだった。

 金魚に詳しくない私たちは、ただそれを見て感心するばかりだった。
「世の中には知らないことがたくさんある」
ゆっくり眺めて亮平は言った。彼の言葉の響きには、尊いほどの純粋さがあった。

そんな彼の素直さを、私は昔からとても好ましく思っていた。

「私たちの知らないところで、新しい金魚は生まれ続けているのね」
しみじみと言った。

水槽の奥は暗く、少しだけ生臭い。

――

 昔、金魚を飼っていた。亮平が実家の近くに引っ越してきて間もない、まだ小学生のころだ。当時は、亮平とこんなにも長い付き合いになることや、あまつさえ恋人と呼ばれる関係になることなど、想像もしなかった。

 その夏、縁日で、私は生まれてはじめて三百円のお小遣いをもらった。百円のりんご飴を買って、残りのお金を握りしめて見渡すと、目に留まったのは鮮やかな金魚すくいののぼり。

 母はいつも、どれだけ私が駄々をこねても、絶対に金魚すくいをさせてくれなかった。「そんなのやってどうするの。無駄よ」というのが彼女の言い分だった。今思えばもっともだ。しかし、そう言われれば言われるほど、青い水桶を泳ぐ小さな赤色は、私の幼い心をとらえた。

 その日、私の左手には、自由という名の二百円が握りしめられていた。硬貨は手の熱で温まって、少し湿っていた。もちろん、私はその硬貨を金魚すくい屋のおじさんに手渡した。

 薄いポイは、あっという間に破れた。それを見て感じた、悲しいような、安心したような気持ちをおぼえている。すると、そんな様子が残念がっているように見えたのか、少しヤニ臭いおじさんは「おまけだよ」と銀の器ですくった1匹を、慣れた手つきで袋に閉じ込めてしまった。

 金魚すくいはしたかったのだけれど、別に金魚が欲しかったわけではなかった。だけどそう言うのはおじさんに悪い気がして、私は差し出されるがまま金魚を受け取った。
 ありふれた、赤い金魚だった。自分ですくったわけでもないので、あまり愛着もない。嬉しいという気持ちよりも、なんだかめんどうくさいことになったな、という気持ちの方が大きかった。

 家に帰ると、案の定母親は「どうするの」と顔をしかめた。結局、「世話はあんたがしなさいよ」という厳命が下され、私は金魚の世話係になった。
もちろんあっという間に嫌になったし、時々はえさやりを忘れた。しかし、金魚が死んでしまうことはなかった。
 辟易してしまうのは水換えだった。餌のせいなのか、フンのせいなのか、金魚鉢は放っておくとすぐにぬるついて生臭くなった。その度に金魚鉢を運んで、きれいに洗わねばならないのだが、それが面倒でたまらなかった。

 ふた月ほど経った頃だろうか。しばらく水換えをさぼっていたのが母親にばれて、汚れた鉢の掃除を命じられた。しぶしぶ、庭にある手洗い場へ向かう。カルキを抜くために汲み置きした水を庭に置いていたので、私は大抵そこで鉢を洗っていた。

 すると、ちょうど生け垣を挟んだ向こうの通りに、亮平が立っているのが見えた。そのころ、亮平は私よりも体の小さい、内気な子供だった。家が近いことから、亮平の母親は引っ越してきた日、あいさつに来て私に言った。「洋子ちゃん、亮平と仲良くしてやってね」。
そうして、私にクッキー缶をくれた。

それから、私は亮平と「仲良くしてやって」いたのである。

「こっちに来て、金魚の鉢、洗ってみない?」
私は立っている亮平に言った。
「いいの?」と亮平は素直な目で聞いた。いいどころか、願ってもないことである。
「特別にね」
もったいぶって私は言った。今思えば、たいそうな悪女だ。

 庭に入ってきた亮平は、心底嬉しそうに金魚を覗いた。そして、私の指図するまま、魚を別の入れ物に移し替えて、丁寧に鉢を洗い始めた。

 ぬめりついたガラス鉢をたわしで擦る亮平のうなじは、夏の終わりの熱にあてられて、少し湿っていた。遠くでひぐらしの鳴く声が聞こえた。もう九月になるというのに、夏祭りの金魚は小さな器の中で泳ぎ回っている。
 過ぎて行く夏に置き去りにされてしまったみたいだ。ぼんやり思って、なんとなく心がざわついた。

 しばらく熱心に鉢を洗っていた亮平は、指でこすった薄水色のガラスがキュッと音を立てたのを確認して、満足げにうなずいた。なんの手伝いもしていない私から見ても、その仕事は完璧に思われた。そして、彼は透きとおった鉢に、慎重な手つきで金魚を戻そうとした。

その時、ふいに小さな赤色がはねた。

 あっ、と思わず声をあげたのと、金魚がコンクリートの排水溝に吸い込まれるのはほとんど同時だった。その動きはあまりに滑らかだったので、金魚は望んで身を投げたようにすら見えた。
 亮平は呆然としていたが、私が叫んでからだいぶ経って、思い出したように「あ」と小さく呟いた。その声には、絶望と戸惑いの響きがあった。

 排水溝の穴は暗く、私たちには、金魚が助からないだろうということが直感的にわかった。家の中の洗面台ならまだしも、そのコンクリート造りの排水溝は、中の様子をうかがうことすらできない。そして、どこに続いているのかもわからないのだ。

 どのくらい時間が経ったのだろう。私は後ろ手を組んで、しゃがんだ亮平の背中を見ていた。二人とも何も言わなかった。いつのまにか、その小さな男の子は、背を向けたまま静かにすすり泣いていた。

――

「洋子、こっちこっち」

 亮平が生簀のようになった一角から私を呼んだ。
少し高くなったコンクリート造りの仕切りの中には、水が溜められて無数の金魚が泳いでいる。縁に上がって覗いてみると、底は足がつくかも分からないほど深く見えた。トタン屋根から漏れる光が反射した水面から、金魚たちは重なり合いながら沈み、浮き上がる。

その姿はこの世のものではないようで、ぞっとするほど恐ろしかった。

「あの時の金魚も、ここから来たのかな」

ぽつりと亮平が呟いた。どうだろう、と返しながら、彼もあの金魚のことを考えていたのだな、と思った。

「あいつ、成仏したかなあ」

また「どうだろう」と私は言った。そもそも金魚は無宗教なので、成仏も何もないだろうと思った。それでも、もしも金魚に輪廻があるのなら、ここへ還るだろう。この深い深い水の中に、きっと還るだろうと思った。

 亮平は昔から素直な優しい子で、私は昔から少し薄情だった。熱心に鮮やかな金魚を眺める彼の背を見ながら、しみじみ考えた。もしも私がいなくなったら、亮平はあの時のように悲しんでくれるだろうか。もしも、亮平がいなくなったら、私は一体何を思うのだろうか。

 あの日、本当はすすり泣く彼の背を、わたしはどこかホッとした気持ちで見つめていた。もう、エサをやらなくて、水を替えなくていいのだ。空は、高く、よく晴れていた。

それを見上げて、「ようやく秋が来るのだ」と、ぼんやり思った。





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