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私歴史~~武術に憑りつかれた男27

なんだかんだといろんなことがあり、出張初日が終わった。
翌日は浜松でもう一軒商談をし、次は豊橋の卸団地で商談をして帰路に就いた。

今回の出張でわかったことは、商談を上手く進めるには、強引さが必要で、その強引さを補うための接し方が営業マンの腕だということ。
私は、いらないと言っている相手の言い分を丸め込み、注文をとってくるという知恵もなければ、強引さもない。相手の機嫌をとって上手に商談をすすめようとすること自体に抵抗がある。
完全に営業マンとしての資質がないのだと思った。

しかし、最初から仕事なんてどうでもいいと思っていたが、自分の無能さに気づかされるのは辛い。

常務からは、「おまえは硬すぎる。もっと遊んで世間を知らんとだめだ」と言われた。
「歌って踊れる営業マンになれ。企画、営業、出荷、全部が上手くできるようになれ。従業員としてでなく、経営者のつもりで仕事をしろ」と言われた。

私は、もちろん経営者になるつもりで会社に入ったのではない。
したがって、そんな理想論を言われても無理だ。

しかし、仕事なんてどうでもいいと思いながらも、まわりから能力がないと馬鹿にされるのは我慢できない。

こんな仕事に就かなければよかったと、つくづく思った。

すぐやめたいと思ったが、当時は終身雇用の時代だ、仕事をかんたんに辞めてしまうと、あいつはいい加減な奴だと後ろ指さされるような時代だった。

私は「いいかげんな奴」だと思われるのが心底いやだった。

そんなわけで辞めるに辞めれずだらだらと会社に居続けた。

入社して3年くらいたったころ、Hさんが家庭の事情で辞めることになった。
Hさんの補佐をしていた私が必然的にHさんのお客さんを引き継ぐことになった。

Hさんは東海道の細かなお客さんだけでなく、名古屋、大阪で大きな取引先を持っていた。
私には当然、任されても無理なわけで、大口のお客さんは常に常務が見てくれた。
私はあくまでも窓口のようなポジションで常務の商売の補佐をしていた。
売り上げは、全て私の売り上げとして、私の営業成績になってしまったが、大口のお客さんに関しては、常務が商談をしていたので、なんだか数字だけが大きくなって、虚しい感じがした。

このころ、私の脳裏に浮かんでいた言葉は、宮本武蔵の「五輪書」であった。

兵法の道、全てにおいて勝つ事肝要なり。
大工には大工の道、あきんどには商いの道、農家には農家の道をわきまえて、ことごとく勝つ。
これ、まことの兵法者なり。

兵法とは武術である。
兵法者とは武術家である。
武術家たるもの、いかなるジャンルであろうとも、その道をわきまえて勝つことが大事だ。

今考えると奇妙な考えだが、当時は、営業の道で成功しなければ真の武術家とはいえないのではないかと思っていた。

しかし、しかしである。

常務の理想を叶えるとすれば、私は、ひととおりのギャンブルを経験し、麻雀をやり、ゴルフをし、夜遊び、女遊びをして、週刊誌や新聞を読みまくり、社会情勢、社会問題等を頭に入れ、居酒屋で同業者と飲んで情報交換をし、人脈を広げる必要がある。

そんなことをすれば、武術の稽古ができないし、武術の研究ができない。武術の本を探す時間もないし、それを読む時間もなくなる。

私にとっては武術が生活の中で最優先だった。
当時は親も若く、私が働かなくても生活できるということもあったし、何より私は若かった。

パチンコはやったことがあるが、すぐに1万円がなくなる虚しさでいやになった。

麻雀には徹夜がつきものだったし、たばこもセットだった。
そんなことをすれば、体にも悪いし、武術の稽古をする時間がなくなる。

ゴルフをすれば、接待ゴルフで気をつかいながら・・・・なんてできる性分ではない。
それに日曜日も駆り出されたら、道場に行けない。

夜遊び、女遊びをするにはお金と時間がいる。
お金と時間は武術にかけたいと思っているので、無理!

週刊誌や新聞を読みまくる時間があれば、武術関係の本を読んで色々研究したい。

居酒屋で付き合いを広めれば、夜帰宅が遅くなる。
夜の稽古ができなくなる。
当然二日酔いや寝不足で、朝の稽古ができない。

何をどう考えても、常務の期待には応えられない。

結局、「おまえは硬い、融通がきかない、気が利かない」と言われ続けた。
実際、そうだったのでしかたがない。

しかたがないが、いつもそう言われていると、やはり腹が立つ。
見返してやりたいと思う。

何をどう言われようと、売れる商品を作れば、だれにも文句は言われないと思って、売れる商品を探し求めた。
営業で客先に売れている商品を教えてもらって、そのサンプルを買ってくる。
売れる色を教えてもらって、そのカラーサンプルをもらってくる。
これからどんな商品が売れるのかをよく聞いて、それにもとずいてサンプリングをする。
土曜日が休みのときは、街に出かけていって、専門店、百貨店、スーパーなどで、今売れている商品を聞いて買い集めた。

結果さえ出せば、だれにも文句は言わせない!

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