私の歴史~~武術に憑りつかれた男37
20歳ころ、本当に私は仕事がいやになった。
というか、営業なんて仕事、私に向いているはずがないのだ。
子供のころから「変人こき」と親に言われた。
不愛想ぶっきらぼうで、人の機嫌をとろうなんて微塵も思ったことがない。
そんな私が営業なんて仕事、できるはずがない。
上司に東京の横山町の問屋街につれていかれて、「おまえがうちの会社の商品を買ってくれそうな店をみつけたら、かたっぱしから飛び込め」と言われて一人で新規開拓をさせられた。
飼い犬が、「好きなところに言って遊んで来い」と言われて放り出されたような、そんな頼りない気分で問屋街を歩いた。
そして、ここならうちと似たような年代の商品を扱っているなと思ったら、かたっぱしから飛び込んだ。
「お忙しいとこすみませ~ん、新潟の田中商店ですが、商品のサンプルを持ってきたんで見てもらいたいんですけど、よろしいいですか?」
「えっ?新潟、うちは間に合ってるよ。」
「少しだけでもいいんで見ていただけませんか?」
「今、いそがしいんでね。さよなら~。」
取り付くしまもない。
次のお店に飛び込んだ。
「お忙しいところすみません。新潟の田中商店ですが、サンプルお持ちしたんで見ていただきたいんですけど・・・。」
「あ、うち、新規の取引先、増やしてないから。」
「見るだけでもいいんで、見ていただけませんか?」
「だめだめ、上が増やさないっていってるもんだから、ごめんね~。」
次のお店。
「あのすみません。新潟の田中商店ですけど7・・・。」
「えっ?新潟?そんな新潟の商品なんていらねえよ。じゃまだから帰ってくれ。」
「少しだけでもお時間いただけませんか?」
「じゃまだって言ってるだろう!帰った、帰った!」
次のお店
「あの新潟の田中商店ですけど少しお時間ございますか?」
「えっ?新潟?新潟の人がうちに何の用?」
「はい、商品のサンプルをお持ちしたんで、見ていただきたいと思って・・・。」
「あんた、うちの店に飾ってある商品を見てどう思う?」
私はそのお店に置いてある商品を見た。
なんかうちの商品とは違う。
あきらかに高級品だ。
値段を聞くと、全て1万円以上のもので、うちの商品の3倍以上の値段だ。
こ、これは住む世界が違う。
「ま、あんた、せっかく新潟から来たんだから、サンプル見せてよ。」
「はい、ありがとうございます!」
やった、はじめて商談ができる!
こころの中でガッツポーズをした。
私がサンプルをひろがようとすると、
「あ、いいよ、僕が自分で見るから・・・・。」
そのお客さんは、私の持ってきたサンプルの入ったカバンからサンプルを取り出して言った。
「ん~、たとえばね、この商品、いくら?」
彼はサンプルの中で一番高い商品を選んで言った。
「この商品いくら?」
「はい、3,200円です。」
「ふ~ん、安いね。」
やった!この商品を買ってくれるのか!
「あなた、これを見て。」
彼はお店にお飾ってある商品から、一枚持ってきてこう言った。
「まあ、色とか配色はともかく、なんかお宅の商品とデザインが似てるよね。」
「はい、そうですね。」
「でもね、素材が全然違うんだよ。土台はウール100%で、このメッシュはレーヨンなんだ。それからこの部分はカールヤーンを使って、ここはプリントじゃなくてジャガードなんだ。」
「あなた、ここまで商品のグレード、あげることできる?」
「いくらがご希望ですか?」
「8,000円前後で欲しいんだけど・・・・。」
この商品にどのくらいの糸台がかかって、どのくらいの工賃がかかるのか、わからなかった。
完全に勉強不足だ。
「枚数はどれくらいですか?」
「ん~ん、全部で30枚~40枚くらいかな?もちろん、こっちで色とか配色とかは指示するよ。新潟の色じゃ商品が死んじゃうからね。」
値段は高いが、枚数が少なすぎる。
しかし、なんとしても初めての商談を成功させたい。
「すみません、このサンプルをお借りして、帰って検討させてもらっていいですか?」
「あ、べつにかまわないけど、あなた、それ、ほんとうにできるの?」
「はい、なんとか前向きに検討させていただきます。」
彼は、なぜか遠い目をしてうなずいた。
「そのサンプル持って行ってもいいけど、あとでかならず返してね。」
「はい、わかりました。」
やった、はじめての商談で注文をもらえそうだ!
喜び勇んで上司と落ち合うために近くの喫茶店に入った。
「おう、どうら?ちっとは飛び込んできたか?」
「はい、4軒、飛び込んできました。」
「おう、それで?」
「それが新潟って聞いただけで断られて、なんでなんですかね?」
「まあ、新潟の商品って言えば、70~80歳くらいの商品っていうイメージがあるからな。」
「でも、うちの商品、もっと若いじゃないですか?」
「新潟の他の問屋はみんな年寄り向けばかりの商品ばかり扱ってるんさ。うちはめずらしい方なんさ。」
「そうなんですか。」
「そんで、ちったぁ成果あったか?」
「はい、1軒だけ商品見てくれて、これとおんなじのを作ってくれって言われてサンプル借りてきたんですよ。」
「見してみれ。」
「これです。」
上司に見せると、
「これ、おめえ、本当に作れってか?」
「はい。8,000円で作れ言われました。」
「枚数は?」
「30枚~40枚です。」
「一色か?」
「いえ、全部で。」
「はぁ?おめ、そんで受けてきたがか?」
「いえ、私もできるかどうかわからなかったんで、サンプルだけ借りて、検討して連絡しますって言っておきました。」
「ふ~ん、こんげ、できねえお。」
「えっ?だめですか?」
「おめえ考えても見れ。こんだけ配色使って、素材変えて、しかも配色入りのジャガードして、採算会うと思うか?」
「いえ、でもなんか色々工夫してできないかなと・・・・。」
「おめ、こんげんのメーカーが受けるわけねぇねっかや。ちったぁ考えろ!いっか。こんだけの配色してたったの30枚、40枚で、糸染めるロットになるわけねえろがや。それにこの生地、これニットじゃなくて織物だろ。おめ、1反これ買って、余った生地どうするがあや?」
「す、すみません。」
「おめ、何考えてるがあや!」
「でも、単価が高いんでなんとかなるかなと思って・・・・。」
「染めのロス、生地のロス、時間のロス、みんなロスしてたった8,000円か。たとえば、40枚作ったとして32万だろが。2,000円の商品300枚作ったほうが、よっぽど効率的んがあや。そんくらいの計算がならんがあか?」
「すみません。」
もはや、なんの言い訳もできなかった。
「サンプルは帰ってすぐ返すのもわり~から2、3日借りて送り返せ。」
「わかりました。」
撃沈した。
東京から帰って、2日たってからそのお客さんに電話した。
「先日はありがとうございました。例の商品なんですが、いろいろ検討してみたんですけど、素材のロスが大きすぎて、無理なようなんですけど・・・・。」
「あ、そう。でもま、、あなたがそう言ってくるのはわかってたよ。」
「えっ?」
「でもね、もうこれからは安ければ売れる時代じゃないんだよ。お客さんは今までにない商品を欲しがってる。今までになくて、素材もデザインもいいものだったら高くても売れるんだよ。うちでは、そういう商品が欲しいんだ。あの商品、作るのは難しいってわかってる。でも、あれ作ってるの、神戸のメーカーなんだけど、ほんとに工夫して、ロスが出ても、それを他の商品に使ったりして、あの商品のグループまで提案してくるんだよ。色もデザイン素晴らしいものが出てくる。」
「そ、そうなんですか。」
「あなたの上司に言っておきな。もう手堅くてどこにでもある商品の時代は終わった。値段の競争になるだけだから。そんなレベルの低いところにいちゃだめになるよってね。」
「あ、はい。本当に申し訳ありませんでした。」
「あ、サンプル、絶対返してね。よそで安っぽくして作られたらかなわない。」
「わかりました。」
私はその話を上司に報告した。
「ふん、たかだか30枚、40枚しか発注できないくせに偉そうなこと言うなってがぁや。作ってほしかったら300枚、400枚の発注よこせって。そんで、これからの時代の話がど~のこ~のって話ならわかるけどなあ。」
「はい。」
「石月~。もうそんげんしちめんどくさいお客にかまうな。まだまだ他にいっぺお客あるねっかや。ひたすら新規開拓、やれいっや。」
なんか上司に言いくるめられたような、励まされたような変な気分だった。
私としては、単価が高くてもいい商品を作って売りたかった。
なによりも「新潟」と聞いただけで、あっちへ行け、邪魔だと言われたことに腹が立った。
新潟がそんな汚名を着ているのなら、それを覆してやりたいと思った。
あれ?仕事なんかどうでもよかったんじゃなかったっけ?
武術さえできればそれでよかったんじゃ・・・・・?
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