見出し画像

ソクラテスの嘆き−たった1分で読める1分小説−

「文字など使ってはバカになる」
 古代ギリシアの哲学者・ソクラテスは大いに嘆いた。

 文字に頼れば人間は覚える必要がなくなる。だから記憶力は衰える。ソクラテスはそう考えていた。

「未来はそんな騒ぎではありませんよ」
 そこに未来人だと名乗る、裕太があらわれた。
 ソクラテスは得意の問答法で、彼が未来人だと認めた。

 裕太は、ソクラテスを未来に連れてきた。まずは彼に書店を見せた。
 ソクラテスが苦い顔で訊いた。
「書物がこれほどに……この世界の人間は、ものを覚えられないのではないか?」
「……それだとまだよい方です。現代人はこの本すら読もうとしません」

「何? どういうことだ?」
 裕太がスマホを取り出した。
「このスマホという機器ばかりを見ています。記憶力はあなた達に比べると、見るも無惨なもの。知識を得ることをせず、思考も停止しています」
「……それは人間ではない」

「そうです。私はこの世界をどうにかしたい。それには、稀代の賢人であるあなたの存在が必要だ。そう考えて、時を超えたのです」
「わかった。知恵を絞ろう。まずはそのスマホという害物を調査する必要がある。貸してくれないか?」
「わかりました」
 裕太が彼にスマホを手渡した。

 一週間後、裕太がソクラテスに尋ねた。
「何かよい知恵は浮かびましたか?」

 ソクラテスは一切見向きもせず、スマホを触っている。ヘラヘラとしまりのない表情でこう言った。

「君、誰?」


よろしければサポートお願いします。コーヒー代に使わせていただき、コーヒーを呑みながら記事を書かせてもらいます。