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『Fair is foul,and foul is fair』

 京都芸術大学の正面にある横断歩道を渡る。右方向にしばらく歩くとその雑貨屋はあった。店の入り口には鉢に植えられた植物が五つ置かれている。扉の先の店内は薄暗く、入るのを躊躇う。けれどもドアにかけられたOPENの文字が施された札を見つけ、私は腰まである高さのスーツケースが鉢を倒さないようにと慎重に足を踏み入れた。

 ぎぃ、と床板が鳴る。ほのかに埃臭い店内には小瓶やブリキのおもちゃ、鉛筆立てなんてものが統一感なく並べてあった。新品の雑貨、というわけではなく、どれも使い込まれ、アンティークという名を冠するモノであろう。
「あ、いらっしゃい」
 声がした方に視線を移すと、一人の青年と目が合った。ベージュ色のハンチング帽がよく似合っている。右手には木の枝のようなものを持っている彼がおそらく店員なのだろう。私も頭を下げるとその店員はにこりと笑い、店の奥へと消えていった。
 平日ということもあってか店内には私と店員だけのようだ。のんびりと時が流れていく。これほど落ち着いて雑貨を物色するのはいつぶりだろう。
 ふと、一つの歯車が目に入った。片手に乗るほどのサイズだが、錆びきっており、所々がオレンジ色へと変色している。歯車の内側には四角い穴が四つほど開いていて、その内の一つには銀色の小さな玉が置かれていた。まるで用途がわからない錆び付いた歯車。インテリアにするにしても私の部屋には合わない。普段なら大して興味も沸かないモノである。それなのに私は歯車から視線を逸らすことができなかった。

「あの、お願いします」
「ん? あぁ、お会計ですね」
 歯車一つで八〇〇円。この値段が妥当なのか私にはわからない。アンティーク雑貨や古着の値段が店によってまちまちなのが昔からの些細な疑問だ。
 会計を済ませると、店員は値札を剥がし、慣れた手つきで梱包を始めた。初めから歯車専用かと見間違えるほど、正確に緩衝材を巻いていく。
「この歯車、可愛いですよね」
 梱包を終え、歯車が入った紙袋を渡すときに店員がそう話しかけてきた。
「可愛い……?」
 歯車が可愛い。思ってもみなかったことだ。たしかにこのオレンジに変色した箇所と銀色の玉のコントラストが可愛いと思えなくはないかもしれない。
 私の心の声が顔に現れてしまったのだろうか。店員が言葉を変えた。
「あ~、そしたら今日はこの歯車と波長が合ったんですかね」
「歯車と波長が合う」
 おかしなことを言う店員だ。雑貨と波長が合うなんて考えたこともなかった。そんな私を見て店員が私に微笑んだ。
「人間って、人だけじゃなくて、絵とか音楽とか、それこそここにある雑貨たちだって。その時の自分に必要なモノと出逢うようになっているんだと思うんです。偶然じゃなくてきっと必然で。だから今日、お客さんがこの歯車に会えたのもお互いがビビッて、見つけ合ったんじゃないですかね」
 店員は少し頬を赤らめて頭の後ろに手をやり、喋り過ぎちゃいました、と笑った。笑うと目が細くなって、愛嬌が増すな、なんてことを思ってしまう。
「……今日、このお店を見つけたことも波長が合ったんですかね」
 言葉を放ったことに気付いて、慌てて自分の口を押さえた。私まで頬が紅潮していくのを感じた。恐るおそる店員を見上げるとさらに耳を真っ赤にして、
「そうだと嬉しいです」
 と、言った。そして店員の視線が下に落ちた。
「観光ですか?」
 私の隣にあったスーツケースを見たのだろう。近くに銀閣寺もあることからこの周辺は観光客が多いというのは聞いていた。実際にこの地を訪れてから観光目的だと思われる外国人を多く見かけた。
「あ、いえ。私、引っ越してきたんです。この近くに」
「そうでしたか! ここら辺は銀閣寺からも離れているから静かで生活しやすいんですよ」
「そうだったのですね」
 少し胸が軽くなる。特に何も決めないでこの街を選んでしまったからそんなことすら知らなかった。思い付きで京都に来たにしては良い場所に落ち着けたのだろうか。
「……ここにあるモノたちって場所が違えば普通にゴミとして捨てられちゃうんですよ」
 雑貨を見つめる店員からは笑みが消え、どこか寂し気な声色が店内にぽつりと染み渡る。
「でも僕たちのような人らがゴミとしてじゃなくて、整えたり、磨いたりしてそのモノの価値を表に出してあげる。そうすると誰かが気に入ってその人の手元に渡る。きっと人生もそういうものなんじゃないですかね。どこかではぞんざいな扱われ方をするけど、他の場所では輝くと思うんです」
 また話し過ぎちゃいました、と店員がはにかんだ。
 このたった数分で私のどこまでを悟ったのだろう。そんなに顔に出ていたのだろうか。表情金に力を入れて口角を上げようとする。けれども代わりに視界が滲みだした。
「そうなんですかね」
「そうだと思います。そう信じましょ」
 店員の言葉を借りるなら、きっとこの雑貨屋とも店員とも周波数が合ったのだ。だから私はここにいる。いつかこんな私を気に入ってくれる場所が見つかるだろうか。今は少しだけ信じてみることにした。

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 短編小説書いてみました~
 これからもちょいちょい書いていきます

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