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【連載小説】小五郎は逃げない 第26話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 新選組の追手から逃れようと濁流の鴨川に飛び込み、桂は行方不明となっていた。非道にも新選組はその生存を確信するためだけに桂の恋人・幾松の処刑を画策する。

 逃げることを知らない桂が、新選組の池田屋襲撃時に一人逃げた真相が明かされる。かつて剣術の試合で火花を散らした坂本龍馬は、桂と幼馴染の岡田以蔵の幾松奪還作戦に協力することを誓う。

幾松処刑まで残された時間はない。桂と以蔵は龍馬の協力を得て幾松奪還作戦を決行することができるのか。

愛する人たちのために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

木刀の束 1/4

「龍馬、小五郎のおなごが新選組に拉致されて助けに行くきに、おまんに頼みたいことがあるがぜよ」
 以蔵は不愛想なく龍馬に言った。
「ほりゃあ、大ごとやき。何人で行くぜよ。新選組が相手なら、そうじゃのー、腕の立つやつが五十人は必要ぜよ」
 親善組の屯所に殴り込みをかけるなら、相手は五十人の暗殺集団。それと真っ向から戦うのであれば、少なくとも同等の戦力が必要だと龍馬は見積もった。
「いや、二人で行く」
龍馬は以蔵の思いも寄らない言葉を聞いて、飲みかけていたお茶を吹き出した。
「おまん、わざとわしに向けて噴き出したかえ」
 お茶をまともに吹きかけられた以蔵は、龍馬に怒りの表情を浮かべた。
 
「馬鹿かぇ、おまんらは、ほがなこと命がなんぼあっても足りんぜよ。おまんは新選組っちゃどがなやつらなんか、まっこと知らんみたいやき」
 怒る以蔵にかまうことなく、龍馬は呆れ果てて真面目に話をする気もなくなってしまった。
「ほがなことはわかっちゅうがぁ。おまんにゃ関係なか。頼みっちゅうのは、木刀をなるべくたくさんかき集めてくれや、ほれと真剣が一本、それにちっこうてええから船もぜよ。急いじゅうきに」
 以蔵は怒りを抑えて、真面目な顔でそう言った。
「そがなもん何に使うぜよ。説明も何ちゃーないのに協力しろと言われても、できるわけがないぜよ」
 苛立つ以蔵をよそに、龍馬は淡々と答えた。以蔵は渋々龍馬に作戦の全容を話した。
「どうせ以蔵の考えることは、ろくなもんやないきに。ほがな作戦が成功する訳がないぜよ。よー考えてみるきに。同じ道をぐるぐる回っちょったら、おまんらがやっつけたやつらが、まだそこに残っちゅうっていうことやき。おまんらが走って戻って来よったら、またそいつらと戦わんことになりゆう。あいつらは片足がなくなっても襲い掛かってきよるぜよ。何人やっつけようが同じことやき。桂さんが走る道を、一周ごとに変えんかったら、こん作戦は成功しゃーせんぜよ」
 
 以蔵が立てた作戦を聞いて、龍馬がその穴を指摘した。龍馬の言う事は次のようなことだった。桂が御池通を西へ、烏丸通を左折して南へ、四条通を左折して東へ、河原町通を左折して北へ走れば、出発点に戻って来れる。ここで待ち受けていた以蔵と共に、数人の新選組隊士を動けなくするが、殺してしまうわけではない。以蔵の作戦では、桂が先に記したルートを再度一周して戻ってきた時、追跡してくる追手の隊列は崩れているが、動けなくした隊士がそこに残っていることになる。歩行できなくしたとしても、桂と以蔵の足にしがみつかれでもされたら、こちらが戦闘不能に陥る。それ故に二週目以降からはルートを変えろと言うのである。
「うるさいのぉ、わしの作戦にけちをつけるんかえ」
 以蔵は憤慨して言った。
 
「いや、坂本殿の言う通りだ。木刀で怪我をさせたくらいでは、完全に相手の動きを止めることはできない。敵が歩けないにしても、完全に戦闘不能にできる訳ではない。確かに同じ道を走っていては、敵の数が減らないということだ」
 桂が龍馬と以蔵の議論に割って入った。
「ほいたら、どないしたらええぜよ」
 以蔵はふてくされたように言った。龍馬が言うには、次のようなことだった。京の町を北から南へ流れる鴨川のすぐ西に並行するように河原町通がある。さらに八百メートル西に烏丸通が南北に並行している。河原町通と烏丸通の間には、いくつかの通りが並行してあるが、敵の耐力を奪うためには、長距離を走る必要があるため、南北方向の移動ルートにはこの二つの通りで固定する。両通りと直角をなす東西方向にもいくつかの通りがあり、北から順に三条河原の処刑場に最も近い三条通、六角通、蛸薬師通、錦小路通、四条通、綾小路通、仏光寺通、高辻通、松原通、万寿寺通、五条通がある。最初の一週目は、以蔵の作戦通り河原町通と三条通の交差点を出発し、三条通西走→烏丸通南下→六角通を東走し、河原町通の差し掛かる手前で、桂と以蔵が数人の敵を倒す。次に逃走するルートを、河原町通北上→三条通西走→烏丸通南下→蛸薬師通東走に変更し、先と同じように河原町通に差し掛かる手前で、さらなる数人の敵を倒す。同じようにして次の逃走ルートを河原町通北上→三条通西走→烏丸通南下→錦小路通東走とし、同じく河原町通に差し掛かる手前で敵を倒す。このようにして、逃走するルートを一周ずつ南側にある通りに変更していけば、倒した敵と遭遇しなくても済むという作戦だった。

京都市内の通り - JapaneseClass.jp

「桂さんの走る距離が長おうなってしまうけんど、この道順じゃったら、倒した敵に会わんで済むぜよ。これでどうかえ」
 龍馬が得意気に言った。
「いらんお世話やき。元の作戦通りやるきに、放っといとおせ」
 以蔵が不愛想に答える。
「いや、その作戦でやろう。私の体力については問題ないし、敵を長く走らせることが目的であれば実に合理的だ。龍馬殿、良い知恵を授けていただき感謝いたします」
 桂は以蔵を制止するかのようにそう言った。
「小五郎、こがなやつの言うことをまともに聞かんでええきに。わしの作戦通りやればええがぜよ」
「以蔵殿、敵を倒した後、私は河原町通を北へ走るが、敵にばれないように姿を隠してくれ。私が戻って来るのは、さらに南にある通りになるが、以蔵殿が移動する距離はかなり短くて済む。とにかく敵を倒すたびに、すばやく、かつ目立たなく身を隠してくれ」
 龍馬の作戦に惚れ込んでしまった桂は、以蔵の言うことなど全く聞いていない。以蔵にとっては全く面白くない。
「勝手にやればええぜよ」
 以蔵はすねて、吐き捨てるように言った。
「以蔵は相変わらず子供みたいじゃき。けんど、死んじゃーいかんぜよ、以蔵」
 龍馬は笑いながら言った。
「うるさいぜよ、わしが簡単に死ぬわけがないきに。さっさと用事を済ませに行けっちゃ。ほれと、小五郎、わしは一旦四条大橋に戻って様子を見てくるきに、おまさんはここに残って身を隠しておくぜよ」
 龍馬の一言を聞いて、以蔵はそれまでの態度と打って変わって、何やら嬉しそうな顔でそう言った。
 
 一夜が明けて、土方は沖田と一番隊、それに諜報係の山崎丞を引き連れて四条大橋へと向かった。沖田に案内されて、乞食が寝泊まりしていたと思われる橋の下へと辿り着いた。沖田の言う通り、そこには薄汚れたむしろが敷かれ、その近くに束ねられた縄が放り投げられてあっただけで、それ以外に特に変わった様子は伺えなかった。土方の目に、ふと飛び込んできたものがあった。竹の皮で何かが包まれていて、それに縄が括り付けられていた。土方は隊士の一人にその中身を改めさせたところ、中にはにぎり飯が三個入っていた。
「総司、乞食がにぎり飯を竹の皮に包んで持ち歩くか。しかも、ろくに食い物もないのに、手も付けずに置きっぱなしにしていくなんて、どう考えてもおかしいぞ。それに、何でにぎり飯に縄が括り付けられている。縄の長さから考えて、こりゃ、橋の上から吊り下げられたに違いない。だれかが、乞食ににぎり飯を届けに来てたんだ。そんな結構な待遇を受ける乞食なんて、日本中のどこを探したっている訳はない。ここに住み着いていたやつ、いや、そいつらは乞食なんかじゃない。ここに匿われいたんだ」
 
 土方の読みは正しかった。桂と以蔵はその日、龍馬の宿泊先へと出掛けてしまっていたために、土佐勤王党の使いの者が届けてくれたにぎり飯を、受け取ることができず、そのまま橋の下に落として行ったものだった。以蔵自身も襲撃された後だったので、にぎり飯は二度と届けられないと思い込んでいたのだが、党内でも連絡が統制されておらず、手違いによって届けられたものだった。それを新選組に発見されるとは、以蔵にとっては誤算だった。
四条大橋の下の状況が、どうも怪しいとにらんだ土方は、何か手掛かりがないか、一番隊隊士たちに周辺の捜索を命じた。
「確かに変ですね」
 沖田も怪訝そうに言った。

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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