見出し画像

【ショートエッセイ】永遠の0.1秒

脚立の上から落下した時のことだ。
その脚立はかなり高くて、一軒家なら優に2階にまで届く。

その当時のぼくは大学生で、ビルの床を磨くアルバイトをした。
床だけでなく窓ガラスや壁を磨くこともあった。
脚立なんて何度も乗って、慣れていたはずなのに・・・。

その時、脚立の天板の立って作業をしていた。
脚立の足元の壁際には花壇があり、壁に最も近い位置に脚立を置くことができなかった。

だから天板から転落しないように、左手の手のひらをビルの壁に当て、バランスを取りなぎら右手で磨いていた。

少し前のめりな体勢だが、こんなのは何度もやっていた作業だ。

ぼくはふと脚立の足元を見た。
いつの間にか床が濡れている。
ぼくはそんはヘマはしない。
いっしょに作業をしていたバイト仲間のだれかが水をこぼしたんだ。

「やばいっ」

咄嗟にぼくは身の危険を察知した。
作業を止めて脚立から降りようとした。
しかし遅かった。
ほんの一瞬だけ、その判断が遅かった。

もともとバランスの悪い状態だ。
脚立の足が壁と反対側に滑り出した。
ぼくは完全に空中に放り出された、それなのに・・・。

ぼくは不思議な現象に包まれていた。
空中で完全に身体が水平になった状態で、ぼくの時間が静止していたんだ。

上空約3m。

まともに落ちたら、大怪我は逃れられない。
どう落ちればぼくは軽症で済むか、それをぼくは空中で地面を見ながら考えていた。

とにかく頭を守ろう。
頭から先に落ちないような体勢を取らなければならない。

このまま落下したら、花壇のヘリに頭を打ちそうだ。
肘から地面に落ちれば、頭は何とかなりそうだ。

右腕から落ちるか、左腕から落ちるか。
右腕の肘から落ちよう。
右腕は犠牲になるが、仕方がない。

脚立がまだ近くにある。
このままだと足が脚立の上に落ちるかもしれない。
脚立は遠くに蹴り飛ばそう。

"これなら落ちても何とかなりそうだ"
そう思った瞬間に、ぼくの身体は一気に落下運動を始めた。

予定通り右腕は打撲、左足も脚立に強打した。
でも軽症で済んだので、病院にも行かず、次の日からアルバイト続行。

たぶん空中にいた時間は0.1秒もない。
しかしそれが落下すると諦めの気持ちに至るまで、ずっと空中に止まっていられるように感じた。

人間は命の危険に晒された時、とんでもない集中力を発揮もんだ。

ちなみに空中から見ていた景色はモノクロだった。


小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。