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【連載小説】小五郎は逃げない 第28話

【15秒でストーリー解説】

「逃げの小五郎」と称された幕末の英雄・桂小五郎は、本当にそうだったのか。

 綿密な捜査を基に桂の生存を確信した新選組は、桂の恋人・幾松だけでなく、桂の仲間も処刑するとの京の町中に触れ回り、桂をおびき出すための非道な策を講じる。

 一方、幾松奪還作戦のために桂と岡田以蔵から坂本龍馬が依頼されたことは、大量の木刀と小舟を調達することだった。

幾松処刑まで残された時間はない。桂と以蔵は幾松奪還作戦を決行することができるのか。そして幾松の奪還に成功することができるのか。

愛する人たちのために・・・、桂小五郎は決して逃げない。

木刀の束 3/4

「おっ、落ち着きーや、わしに怒っても仕方がないぜよ」
 急に怒り出した桂をなだめるように以蔵が言った。
「すまない。しかし、それは確かか。その立て札に、名前は書かれていなかったか」
 冷静を取り戻した桂が言った。
「名前は書かれておらんかったきに。牢獄中の長州藩士としか、書いておらんかったぜよ。これも、おまさんをおびき出すための罠に間違いないぜよ。女を見捨てて逃げるとでも思われちょるがかえ。小五郎も、安っぽい男に見られたもんぜよ」
 以蔵が茶化すように言った。
「敵の罠かもしれんが、同士を見捨てる訳にはいかん。明後日は必ず皆を助け出す」
 桂の意志は固い。
「わかっちゅうきに。なーんも改まって言うことはないきに。あいつらが、どがな罠をしかけてきても、わしらのやることは、なーんちゃ変わらせんぜよ」
 以蔵はにやりと笑った。
 
 夕刻になって、龍馬が寺田屋に戻ってきた。龍馬は軒先から二階にいる桂と以蔵を大声で呼んだ。二人が降りて来てると、木刀の束を肩に担いだ龍馬が立っていた。龍馬は以蔵と桂の目の前で、縄で縛られた二十本余りの木刀を、土間にどんと降ろすと自分の腰を右手の拳で叩いた。
「おまんは、まっこと集めてきたがかぇ」
 以蔵は驚きを隠せずに言った。
「この短時間で、一体どうやってこれだけの木刀をかき集めたのですか」
 桂も驚きを隠せずに言った。
「何を言っちゅうがかぇ、集めて来いって言うたのは、おまんらがやないかえ。まぁ、いろんなところを当たって来たぜよ。薩摩藩の人達とは故意にしちゅうがやき、頼み込んだら、十本くらいはあっという間に調達してくれたぜよ。ほれと船も貸してくれたきに、所定の場所まで明日中に運んでくれることになっとるぜよ。真剣はちっくと待ってくれぇや」
 龍馬は何食わぬ顔でそう言った。
 
「全く何とお礼を言えばいいのか、言葉が見つかりません。この御恩は一生忘れません」
 桂が感極まって言った。
「なーに、気にせんでええぜよ。今日は泊まっていき―や。酒でも飲んで休んでいきとおせ。それに風呂に入った方がええぜよ。二人とも、まっこと体が臭いぜよ」
 龍馬は二人に寺田屋に泊まっていくことを薦めた。
「鼻っから、そのつもりぜよ。わかっちゅうと思うが、銭はないぜよ」
 以蔵が不愛想に答えた。
 
 以蔵は数カ月ぶりに風呂に入った。夏の暑い時期になってから、鴨川で水浴びをしたことはあったが、風呂に入ることはなかった。桂は以蔵に顔中に塗ったくられた泥を落とした。風呂から上がってくると、龍馬の部屋に、三人分の酒と料理が用意されていた。二人が風呂に入っている間に、寅之助も餌を与えてもらった。寅之助は餌を食べると、ぷいっとどこかに行ってしまった。三人は何時間もの間、いろいろな話をした。龍馬と桂は、尊王攘夷について各々の意見を交わし、十年後、いや百年後の日本はどうあるべきか、熱心に議論した。二人の話に付いていけない以蔵は、ひたすら酒を飲んでいた。
 難しい議論が一段落すると、今度は龍馬と以蔵の昔話に花が咲いた。子供の頃にやったいたずらのことや、喧嘩をすればいつも龍馬が強かったことなど、話のネタに尽きることはなった。大人になってから、以蔵は武市と行動を共にすることが多くなり、龍馬とは疎遠になった。しかし、幼馴染のよしみで勝海舟のボディガードを世話したのに、途中で姿をくらましたことを龍馬から責められると、またむくれてしまった。桂は破天荒な事件ばかり起こす高杉晋作のことや、幾松が自分をかばって新選組に投獄されたことを語った。そして数日ぶりに布団の上で眠った。
 
 桂と以蔵、それに寅之助は、まだ日が昇らないうちから、龍馬が調達してくれた木刀を担いで寺田屋を後にした。歩くと言うより、ほとんど小走りで京の市街地へと向かった。各戦闘予定ポイントに、木刀を隠しておくためである。日が昇り、人の往来が増えてしまうと怪しまれる。増してや、新選組の隊士に見つかってしまえば、元も子もなくなってしまう。二人は昨晩の酒が残っていたが、意に介さずに道を急いだ。最初の戦闘予定ポイントである河原町通と六角通の交差点付近に着いた時には、少し日が差し始めていた。
 二人は辺りを見回したが木刀を隠せそうな適当な場所が見つからなかった。以蔵は地面を掘って土の中に隠そうかと言い出したが、それではいざ戦闘になった時に、土を掘り返す時間がない上に、どこに隠したのか目印でもしておかなければ隠し場所がわからなくなるので、桂が却下した。鴨川まで行けば、橋の下に隠すことはできるが、あまりルートから離れてしまうと、敵を倒して再びルートに戻った時には、後続の敵に追いつかれてしまう危険性がある。あれこれと迷っている時間はなく、仕方なく一軒家の軒裏に木刀二本を紐でしばり付け、隠し場所がすぐわかるように、軒先の瓦を一枚外しておいた。これでは、日陰になっているとは言え、この家の中から出てきた住人に丸見えなのだが、気付かれないことを願って次の場所へと移動した。次は河原町通と蛸薬師通の交差点付近である。ここも先程と同じ様に殺風景な場所であり、適用な隠し場所が見つからなかった。ここでは以蔵の提案を採用して、土の中に浅く木刀を埋めた。木刀の先端付近だけ穴を深く掘って空洞のままにしておき、土の上から足で先端部を踏み込めば、木刀が土の中から飛び出してくるような仕掛けをしておいた。
 次の戦闘予定ポイントは、河原町通と錦小路通の交差点付近である。ここでは、路地を少し入ったところに、隠し場所としてちょうど手頃な井戸があった。以蔵は井戸の裏に木刀を隠した。そして、四条通、綾小路通、仏光寺通、高辻通、松原通、万寿寺通、五条通へと順次南下しながら木刀を配置し終えた時には、すっかり日が昇り朝になっていた。人の往来も昼間と変わらない様子になり、子供も外に出て走り回りながら遊んでいた。
 
 以蔵は桂に寺田屋へ戻って身を隠すように指示し、用事があるということで単身北へ向かった。寅之助は桂を護衛すべく、行動を共にした。桂は以蔵に許可を得て、少し後戻りになるが、三条河原の処刑場を下調べしておくことにした。明日、幾松がここに連れて来られて、この河原のどこに座らされるかわらないが、地形を頭の中に叩き込んだ。そして、寺田屋に戻るべく南に向けて足を踏み出した時、異様な殺気を発する武士の集団が河原に降りてきた。桂は寅之助の耳を掴み、素早く葦の茂みの中に身を隠した。茂みの中から感じるこの殺気を、桂は知っていた。幾松の置屋に押し入ってきた連中に間違いない。幾松が拉致された時、彼らの顔を見ることはできなかったが、こんなところで再び遭遇するとは、神の導きとしか受け取りようがなかった。これで敵の顔を覚えておくことができる。その集団は、近藤、土方、沖田を筆頭とした新選組の一団であった。桂と同じように下見に来たのだった。桂は茂みの中から、彼らの会話に耳を澄ませた。寅之助は状況を把握しているのか、物音一つ立てずにじっとしている。利口な犬である。
「近藤さん、あの女がここに連れて来られた段階で、桂が襲撃してくる可能性はほとんどありませんよね。ここには、新選組の精鋭部隊が勢揃いしています。わざわざそこに突入してくるなんてことは、あり得ないでしょう。まあ、その段階で、桂が女を見捨てたってことになりますね」
 沖田が近藤に言った。
 
「あぁ、そうだろうよ。女は京の町中を引きずり回される。普通のやつなら、そこを狙ってくるだろうよ。町中であれば、ここみたいに見通しも良くないし、女に接近しやすくなる。まぁ、こっちにとっては、好都合なんだがな」
 土方は言った。新選組の作戦は、幾松を引き回しにする際に、警護をあえて手薄にしておき、桂が襲撃してくれば、合図とともに別働隊が、桂を捕えるために押し寄せるというものだった。土方の計画通りにことが進めば、どの道、幾松は殺される運命にある。
「しかし、本当に来ますかねえ。仲間を見捨てて逃げるようなやつですよ。女の一人や二人、平気で見殺しにするんじゃないですか。ひょっとしたら、さっさと逃げて、もう京にはいないかもしれませんよ。」
 沖田が茶化すように言った。桂は閉口している。

<続く……>

<前回のお話はこちら>

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