子猫のノーラ、お引っ越しをする
ある日のこと。
晴れやかな顔をした那奈が、たくさんの段ボール箱を、作業服を着た知らない人にお願いしていました。
「み?(これはなんですかね)」
黒い子猫のノーラは、知らない人と段ボール箱と那奈を見比べます。
「ノーラ! ノーラはこっちね!」
那奈はそう言って、ノーラをケージに入れようとします。
ノーラはこのケージという箱のことを知っています。ちっくんされるところに連れていかれる時に、お気に入りのおもちゃを置かれる箱です。
「ふなぁー!(やです! そのはこはダメですー)」
ちっくんされるのはいやです。
そう思ったノーラは後ろ脚をジタバタさせますが、那奈は離してくれません。
「ふなぁーおー!(ななさん、はなしてくださーい!)」
那奈はそんなノーラを見て、ああ。とノーラに向き合い、こう言いました。
「ちっくんじゃないよ。お引越し!」
「な?(おひっこし?)」
おひっこし。
聞いたことのない言葉ですが、那奈の様子を見る限り、大丈夫そうです。
しんじますからね、ななさん。
ノーラは一声鳴いて、ケージに入りました。
「荷物、よろしくお願いしまーす!」
知らない人たちがトラックという車に乗り込んで去っていくのを見送ると、那奈はノーラが入ったケージを抱きかかえて、最寄駅まで歩いて行きました。
そこから電車に揺られます。
ゴトトン、ゴトトン。
打楽器のような音を響かせながら、電車は山の方に向かっていきました。
「私ね、この前学校を卒業したの」
那奈はノーラに語りかけます。
「学生時代、とっても楽しかった」
那奈の言っていることはノーラにはよくわかりませんが、那奈の声は穏やかでした。
「でも、お金節約してたから、ノーラにはいっぱい苦労をかけちゃったね」
ゴトトン、ゴトトン。
電車の窓から、緑がいっぱい見えます。
それは、ケージに入っているノーラにもわかりました。
「私、貯金したお金で、夢を叶えられたの」
ゴトン……ゴトン……。
電車が速度を落としていきます。
「もう苦労させないとは言えないけれど……」
『次は鹿野山ー。鹿野山です』
那奈の言葉を、車内アナウンスが邪魔します。
次はカノヤマという駅だそうです。
ノーラはこちらには初めて来ます。
そりゃそうです。
那奈の住んでいた越石(おいし)はなんでも揃っていたので、ノーラはこちらに来る必要がなかったのです。
やがてゆるゆると駅に着いた電車の、開いたドアから差し込む草木の匂い。
「行こう、ノーラ!」
那奈はそう言ってケージを抱え、ドアをくぐりました。
鹿野山は、越石に比べたら小さな小さな駅でした。
ですが、駅舎の見た目が美しく、作りもしっかりしています。近くに観光地があるのでしょう。
那奈はそこから迷わずに歩いていきます。
「みゅっみゅっ(たのしそうなまちですねっ)」
お土産物屋さんの並ぶ仲見世の中ほど。
やがて、那奈が足を止めた建物は、どうやらカフェのようでした。
真新しい看板には、こうありました。
『7th ART CAFE』
目をキラキラ輝かせてその看板を見上げる那奈を見て……
「うなんな(ななさん、おめでとうございます)」
賢いノーラは、那奈が幸せなのを知ったのでした。
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