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もう帰れない場所

 もう自由にはなれないから、生きている理由も消えてしまって、すべて終わらせようとしたのに、そう簡単に終われなくって言葉が響いた。
 無邪気さの在処や、サイレンの鳴る音、懐かしい土管や公園、嫌な気分やロッカーの中身とランドセルの色彩、鉄棒を駆け上がろうとしていた時、化け物のいる、中が見えない池、綺麗なチューリップを引き抜いて、外履きで体育館の中に入って砂を落としながら叫び声をあげる。
 震えるような感情を歌にしたなら伝わるだろうか、伝わらない想いを伝える方法を、手を伸ばしながら考える。
 足下だけを見て、顔が見れない。世界が一変するような風が吹いて、胎内帰りのような水をくぐって、新しい自分に変われたら……と、また傷つける。
 何かがわかった気がしたのに何もわかっていない。
 ころころ変わる自分の中に、大切なものがみつかれば、世界が突然割れて根底から生まれ変わる気がする。
 気がするっていう希望を追いかけて、夢のあるフィクションやノンフィクションに憧れを見いだしていた。
 風で君の髪が靡いた。伸ばした手に届きそうになった。すぐそばにあった。知らなかった感情が身体を震わせる。
 そこにはもう帰れない。あの懐かしい景色の中には、もう帰れない。

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