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⑭注目が怖い航海

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた
 ミナミさんがホクトさんに何か話しかけている。ラジオの今後についてなどの仕事に関わる内容であって欲しい。きっとそんなことはないだろう。
 なぜなら、ホクトさんは明らかに寝ているし、ミナミさんは自分のネイルを見せている。ボクの予想だけど「ねぇ、ホクト。わたしの新しいネイルどう?」みたいなことをミナミさんが聞いていそう。
 ホクトさんは女の子だけど、オシャレに無頓着なんだよな。
 ミナミさんはいつも「ホクトは素材が良いんだから、ちゃんとしないのは勿体ない!」と言われている。それを切っ掛けにホクトさんのトータルコーディネートは全てミナミさんがやっている。

 ミナミさんがホクトさんの身だしなみを整えてくれなかったら、多分すっぴんのジャージで収録に来てしまう。

 本当に神様は二人の性別を選び間違えているな。
 こんなことを言ったら、ボクは二人に殺されちゃう。
 ボクは二人の何気ないやり取りをお母さんのような目線で見守りながら、ラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 注目が怖い船長です。注目が怖い船長、はじめまして。
人に注目されるのが苦手な方なのでしょうか。わたしは……」

***

 わたしのファンの方達の熱い応援の言葉がネット上を飛び回っています。だけど、それと同じくらいの量の批判の声もあります。
 それだけ世間から注目されている証拠だよと、わたしの仲間には言われます。わたしは子供番組の歌のお姉さんをやっています。
 わたしのファンのほとんどが可愛い子供達です。純粋な子供達から批判的な反応が来ることはほとんどありません。
 来るとしたら、その親御さんからです。自分の夫があなたが出ている番組をいやらしい目で見ている。人の夫を誘惑しないでください。

 わたしは見てくれる子供達のために一生懸命やっているだけで、あなたの旦那様を誘惑なんてしていない。だけど、そういう声がたくさん届く。

 わたしだって変に目立ちたくて、歌のお姉さんになったわけじゃない。 子供の頃、わたしは人前で何かするのが嫌いな子供だった。
 だけど、テレビの前で優しい笑顔で子供達と楽しそうに歌っているお姉さんの姿を見て、「わたしもおねえさんみたいになりたい!」と夢を見つけた。

 人前で話すことや歌うことに対する苦手意識を克服するために、町内会ののど自慢大会や学校祭のステージなど人前に立つ機会を増やした。
 その努力もあって、わたしは人前で歌ったり、踊ったりすることに抵抗がなくなった。
 高校卒業後は両親を説得して歌のお姉さんになるために上京。
 倍率の高い歌のお姉さんのオーディションを何回も受けて、やっと合格を勝ち取った。

 人に笑顔を与える仕事のわたしが誰かの笑顔を奪っている。

***

「……それから、わたしは番組で注目されることが怖くなってしまって。仕事にも集中できなくなってしまっています。このままでは、一緒に働くみなさんにも迷惑をかけてしまいます。 カノンさん、わたしはどうしたらいいでしょうか? アドバイスをください。よろしくお願いします。注目が怖い船長、ありがとうございました」

 リスナーさんが歌のお姉さん! 
子供達にたくさんの笑顔をプレゼントしている方からお悩み相談されるなんて思ってもみなかった。
 憧れの仕事に就いたからならではのお悩みだ。

 これは難しいお悩みだ。だけど、同じ好きなことを仕事に出来たボクとしては放っておけない。
 ボクが思っている素直な気持ちをリスナーさんにぶつけよう。

「注目が怖い船長。あなたは、たくさんの子供達に笑顔を届けるステキなお仕事をされているんですね。とても素晴らしいと思います。
だけど、その分悩みを多いんですね。ボクもやりたかった声のお仕事をしていますが、毎日色々な悩みに振り回されています。なので、注目が怖い船長のお気持ちもわかります」

 ボクもラジオで上手くいかなかったり、ホームページからリスナーさんへのアンサーがあれで合っているのか?というコメントをたくさんもらうこともある。
 このリスナーさんと同じ悩みを抱えているからこそ、伝えられることがある。そう信じてボクはラジオを続けた。

「だけど、あなたはその場所に立つために、いっぱい努力をしました。それは変わらない事実です。あと、悪口を言う人がいるというのは、あなたのことを気になっている証拠です。本当に嫌いなら、わざわざ自分の時間を使ってまで悪口を投稿しません。中には本当に時間を持て余して悪口を言うことでストレス発散している人もいます。
でも、あなたはそういう人達を気にすることに力を使っちゃダメです。あなたの力を子供達を笑顔にすることに使ってください。注目が怖いと言っていましたが、あなたが子供の頃憧れていた歌のお姉さんのように目標となる存在になることも、あなたのお仕事です。注目を恐れず、あなたの道を進んでください」

***

「カノン、お疲れ様!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「ホクトさん、お疲れ様です」

「いつもヘラヘラしているお前でも大変なんだな」

 ホクトさんの空気の読めない発言にボクはイラッとした。
 思わずホッペがお餅のように膨らんでしまう。

「冗談だよ。カノン、怒るなって」

 ボクの許しを得ようと口では言っているけど、ホクトさんの指はボクの膨らんだホッペを突っついている。本当に謝る気はあるのかな?

「カノンちゃん、お疲れ様!」

「ミナミさん、お疲れ様です!」

「なに、ホクト。わたしも混ぜてよ」

 ボクの左隣に回ったミナミさんはホクトさんと一緒にボクのホッペを突き始めた。

 やれやれ、二人とも子供なんだから。
 呆れたボクは観念して二人のおもちゃになることにした。
 おもちゃを手にした二人はボクのホッペを突き続けた。

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