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⑲舵の取り扱いには注意してください!

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
 プロデューサー席に座っているホクトさんにミナミさんが何かの話をしている。
 仕事の話ではないと思うけど、何の話をしているのだろう?
 ボクが二人の姿をブース越しに覗いていると、二人の言い争いが始まった。

 きっと下らないことでケンカしているに違いない。お二人とも、今はラジオの本番中なのでお静かにお願いいたします。
 ボクの忠告が二人に届くはずもないので、お子様二人を無視してボクはラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 舵を握られたくない船長です。わぁ! 舵を握られたくない船長、お久しぶりです!
前回、気になる人が出来たから告白するか迷っていると海図を送ってくれましたよね。あれからどうなってか気になっていました。良い報告が聞けるのを期待してさっそく読ませて抱きます。うちは……」

***

 うちは先月から彼氏が出来ました。
 彼氏はイケメンと言えるほど顔がカッコいいとは言えない。
 だけど、ブサイクでも絶対にない。ほどよい顔立ちをしている。
 そんな彼の顔を、うちは好きです。別に顔だけで選んだということはない。
 話す内容も面白くて、一緒に過ごしていて変な緊張感もない。

 そんな居心地の良い彼氏に、うちから告白して付き合うことが出来た。
 だけど、今は付き合う前に感じなかったことが気になってしまう。

「だから、キミはこうすべきじゃないかな?」

「あ、ありがとう」

 そう、彼氏はアドバイスをしたがる。アドバイスをくれるのは優しさからで、うちのことを心配してくれているのは理解できている。
 だけど、うちはアドバイスが欲しいわけじゃない。ただ話を聞いて欲しかった。大学の先輩から連絡先をしつこく聞かれた、バイト先のお局おばさんがウザいなど。
 彼にとって、どうでも良い話だけどその話に対しても真面目にアドバイスをしてくれる。
 ウチはモヤモヤやイライラを吐き出したいだけで、答えを求めていない。

 だけど、好きな人がうちのために一生懸命に応えてくれている。それを台無しにしてはいけない。

 こんなうちはわがままなのかな?

***

「……彼に直して欲しいと言えずに一か月が過ぎてしまいました。今では、そのことがストレスになっています。このままだと彼のことが嫌いになりそうです。カノンさん、うちはこれからどうしたら良いですか?
何かアドバイスください。よろしくお願いします。舵を握られたくない船長、ありがとうございました」

 前回、気になっていた男性とお付き合い出来たんだ。良かった。
 でも、今度は彼氏さんの優しさがリスナーさんを苦しめている。
 女性によくある相談の一つだ。男性は論理的、女性は感情的。
 考え方の違いらしいけど、男性は結果を、女性は過程を楽しむ。
 男性は回り道が嫌いだから、早く解決してスッキリしたい。
 だけと、女性は解決を望んでいないから論点がズレても気にしないで、言いたいことを口にしてしまう。
 リスナーさんも結論を求めていない。ただ聞いて欲しかった。それが彼氏さんに伝わっていなかった。ここに原因があるのだろう。

「舵を握られたくない船長。気になっていた方とお付き合いできておめでとうございます! 良い報告を聞けてボクも嬉しいです。しかし、考え方の違いで悩まれているみたいですね。確かに、ただ聞いて欲しいのにアドバイスをもらっても違うよねってなりますよね。ボクもただお話を聞いて欲しいという時があるので、お気持ちがわかります」

 ボクはパーソナリティだから、人の話を聞いて共感をしてお話することが仕事だ。頭では分かっていても、ただお話を聞いて欲しいこともある。

プライベートでもボクはどちらかというと職業病なのか聞き役に回ってしまうことが多い。本当は、ボクのことをいっぱい話したいのに人の話を聞いてしまう。どうしたら良いのかなってなる日もある。

 おっと、こんなことを考えている場合じゃない。今はラジオ中だ! 集中、集中! ボクは気持ちを切り替えてラジオを進行する。

「ただ、あなたが仰った通り彼氏さんも悪気があってアドバイスをしているわけじゃありません。それは理解されていても、モヤモヤが生まれてしまうのは仕方ありません。それだけ、あなたがご自身に正直なのですから。でも、このままでは、あなたのモヤモヤは消えません。
だから、勇気を出して彼氏さんに、”ただ聞いて欲しい”と伝えてみてはどうですか? 彼氏さんもあなたがアドバイスが欲しいと勘違いしているみたいなので、素直に伝えたら分かってくれますよ。気持ちって伝わっていると思っても意外と伝わっていません。だから、口に出して言わないと一方通行になってしまいます。あなたの航路が一方通行にならないことをボクは祈っています」

***

「お疲れ、カノン」

「あ、ホクトさん……!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「お前、何か言いたいことあるのか?」

「え?」

「顔に書いてあるぞ」

 ホクトさんは普段にぶいのに、こういう時に限って勘が鋭い。
 今度、探偵さんに転職するのをオススメしてみようかな。

「お前の仕事は人の話を聞くことだ。だけど、プライベートは違う。ずっと聞き続けるのはしんどいぞ。アタシで良かったら、聞いてやるから何でも言えよ」

 ホクトさんは少女マンガに登場するイケメンのようなセリフを口にしながら、ペットボトルのカフェオレの蓋を開けて口にした。

「ありがとうございます……あの、ホクトさん」

「なんだ?」

「変なこと聞きますが、今って気になる人っているんですか?」

 ボクの突然の質問にホクトさんは飲んでいたカフェオレを吹き出して咽せてしまった。

「な、なんだよ! いきなり!」

「ご、ごめんなさい。ただ気になって」

「い、いても言わねぇよ。あと、アタシはお前みたいな女々しい奴はタイプじゃない!」

 あれ? ボクは勝手にホクトさんに振られてしまった。

「何でも言えとは言ったけど、何でそんなこと聞いたんだ?」

「それは……」

「ホクト! 企画書のチェック終わった!?」

 ミナミさんが忙しそうに休憩室に飛び込んできた。
 どうやら、ホクトさんは仕事途中でボクの所に来てくれたみたい。
 多分、ボクを心配してというよりもミナミさんから逃げたくてというのが正しいかな。

「うるせぇな 後でやるから」

「後でって! わたしの仕事が終わらないんだから早くしてよね!」

「そんなカリカリしていると、シワが増えるぞ!」

「なんですって!」

 二人のケンカが始まったので、ボクのお話は中断してしまった。
 でも、これで良かったのかもしれない。あの話の続きはホクトさん自身で知るのが一番良いから。

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