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⑱暴投の死球(ことば)にはご注意ください!

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。ホクトさんとミナミさんが言い合いをしている姿が目に留まった。
 ラジオのことについて議論してくれていると信じたいけど、多分違うことを話しているだろう。
 その証拠にホクトさんの手には、またマンガの単行本が握られていた。ホクトさんに貸してもらった”ニャンダー・クエスト”だった。
 またホクトさんがラジオの収録中にマンガを読んでミナミさんに怒られたのだろう。もう、本当に懲りない人だよ。

 そういえば、”ニャンクエ”で嬉しい話があった。
 ラジオ放送後に”ニャンクエ”が雑誌の巻頭カラーを飾れる程の人気になっているみたい。
 ホクトさん情報だけど、ラジオ後に掲載された”ニャンクエ”は大ヒットして連載が継続になったらしい。
 いつかはアニメ化するんじゃないかとホクトさんは言っている。

 だけど、ホクトさん。今はラジオの収録中だから、ちゃんと集中してね。ミナミさんに怒られているホクトさんをブース越しに眺めながら、ボクはラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! デッドボールを投げる船長です。デッドボールを投げる船長、はじめまして。
デッドボールという単語から野球がお好きか、野球関係の方でしょうか? 
でも、デッドボールは危ないので投げないでくださいね。今日はどんなお悩みなのでしょうか? 僕は……」

***

「こんなことも出来ないのに上のクラスに行きたいなんて言うのは卑怯だと思います!」

 僕はデイケアの教室中に響く声で心の中にしまっていた思いを投げつけた。言えた。思っていたことを言えたぞ。僕は今まで言いたくても言えなかったことをみんなの前で言えたことに嬉しさを感じていた。

 僕は発達障害の可能性があると精神科の先生に申告された。
 そのため、治療のために会社を休職してデイケアに通いながら治療をすることになりました。

 初めは発達障害という診断を受け入れることが出来なかったが、上司が求めていることや自分がどのように業務に向き合えば良いのか冷静に判断できなくなっていた。それに与えられた仕事が上手くいかなくて、自分が何をしたいのか理解出来なかった。
 一端仕事と距離を置きたいと心の中で思っていたのも事実です。

 だから、デイケアに通わないかと先生に提案された時に正直ほっとしていた。これで仕事のことを考えなくて済むんだ。

 僕は休職の手続きが完了した翌月からデイケアに通い始めた。
 ここは就職や社会復帰を目指すということを目標に通っている人が大勢います。年齢層は僕よりも干支一周分離れた20代から僕の両親と同年代の60歳まで幅広く在籍しています。

 僕はそんな中で社会復帰できるように真面目に通っていた。
 だけど、周りの人の行動が目についてデイケアに集中できなかった。
 プログラム中に私語をする人、職員さんが作業中に話しかける人。
 社会復帰の前に小学校からやり直した方が良いんじゃないのか。
 僕はそんなことを思ってしまった。

 僕が一番気になってしまったことがデイケアでやる催し物を決めるための司会進行役を選ぶ際に、誰も手を上げなかった。

 なんで誰も手を上げないんだ。そのまま誰も立候補しないで5分くらいが過ぎた。僕はその沈黙に耐えきれずに手を上げていた。
 そして、僕はやりたくもない催し物を決める進行役をやった。
 どうして僕ばっかり、こんなことになるんだ。
 僕は子供の頃のいじめが切っ掛けで自分を抑えつけるようになった。
 そのせいで自分の気持ちを表に出すことが出来なくなった。
 波風を立てないでやり過ごすことが正しいと思って、ずっとやっていました。

 でも、その分、僕はストレスを溜めてしまいます。
 それって僕にとって良いのかな? 
  最初はそんな疑問を抱いていましたが、年月が過ぎる度にそんなことも考えなくなりました。

 デイケアに通って自分の弱点であったり、直したい部分を見つけることが出来た。その一つが自分の気持ちを素直に出すこと。今まで自分の気持ちに蓋をしてきて思ったことを相手に言えなかった。それを相手に言いたい。それを直したいと先生に伝えたら、「デイケアは練習の場だから思いっきり伝えてみたら」と提案された。

  僕はここで思いっきりやって良いんだ。先生に背中を押してもらえて嬉しかった。だから、僕はデイケアの中で自分の意見を発表出来る時間帯でこのデイケアで感じていたことを話してみようと思った。

 相手を傷つけてしまうとは頭で分かっていたが、それでは僕は変われない。そう思って今まで相手がキャッチしやすい球(ことば)を選んで来たが、あえてデッドボール級の球(ことば)を投げた。

 それが海図の冒頭に書いた球(ことば)です。
 投げた結果、僕はスッキリしたけどデイケア内の反感を買ってしまい、今は孤立しています。

 僕はここでもダメなのか。

***

「……自分を変えたくてやって来たデイケアでも失敗してしまい、居場所がありません。カノンさん、僕はこれからどうしたら良いですか?
何かアドバイスください。よろしくお願いします。デッドボールを投げる船長、ありがとうございました」

 このリスナーさんは自分を変えるために必死に頑張ったんだ。
 地雷原だと分かって、わざと踏みに行っている。
 自分を変えるために頑張ったのが、裏目に出てたと思っているかもしれない。

「デッドボールを投げる船長。今まで辛い中、よく頑張りました。新しい環境で自分を変えるために苦手なことにもチャレンジされて素晴らしいと思います。新しい環境や今までやっていなかったことをやるのは本当に大変ですよね。ボクも声のお仕事が始めたばかりの頃は、上手くいかないことや仕事に慣れるのに時間掛かりました」

 ボクは自分の体験を混ぜてリスナーさんへと語りかけた。
 さぁ、そろそろ本題に入ろうかな。

「ただ、あなたのチャレンジは間違っていませんが、投げる相手を間違っていると思います。そこに通っている方は、あなたと同じように何かに傷ついて困っている人が多いと思います。その方達にデッドボールを投げたら泣いちゃったり、怒ったりしますよ。
もし、受け取ってくれる人がいないなら、ボクに投げてください。ボクはあなたが投げるどんな球(ことば)でもキャッチしますよ! なので、何か嫌なことや聞いて欲しいことがあったら、また海図送ってくださいね。待ってます」

***

「お疲れ、カノン」

「あ、ホクトさん……!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「ほら、差し入れだ」

「わぁ、”ニャンチョコ”だ! ありがとうございます!」

 ホクトさんは差し入れにボクの大好きな”ニャンチョコ”をごちそうしてくれた。”ニャンチョコ”は猫を形取ったチョコレート。ボクはこのチョコが子供の頃から大好きで、今でも食べている。

 うん、いつ食べても美味しい。ホッペが落ちちゃいそう。 
 やっぱり、チョコは凄い。どんな嫌なことも溶かしてくれる魔法のアイテムだ。

「うまいか?」

「はい、美味しいです」

「お前、チョコ食っている時が一番良い顔しているな」

「もう子供扱いしないでくださいよ」

「チョコで大喜びする奴をガキ扱いして何が悪い」

 もう、ホクトさんったら。ボクは子供扱いされたことに腹を立てて思わずホッペをお餅のように膨らましてしまった。

「そうよね。こんなお子ちゃまマンガ読んでいる奴には言われたくないわよね」

「ミナミさん、お疲れ様です」

「カノンちゃん、お疲れ様!」

「おい、ミナミ。誰がお子ちゃまだ!」

「お子ちゃまに反応しているあんたでしょ!」

「何を!」

 また二人のケンカが始まった。本当に子供なんだから。
 ボクは二人のケンカを眺めながら、ホクトさんから借りた”ニャンクエ”の続きを読もう。ボクは冒険の書を開くようにマンガの単行本を開く。

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