④新大陸への航路
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。
プロデューサー席でホクトさんとミナミさんが何かを話している。
ミナミさんがホクトさんに対して怒りを露わにしている。恐らく、ホクトさんがまた余計なことを言ってミナミさんの怒りを買ってしまったのかな。
もう、ホクトさんは余計なことしか言わないんだから。
今はラジオの放送中だって言うのに、この二人は緊張感はないのかな。
もめている船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)の夫婦漫才を無視してボクはラジオの進行を続けた。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。
「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンちゃん、こんばんわ!
こんばんわ! 仕事が嫌いな船長です。
わぁ! 仕事が嫌いな船長、お久しぶりです!
先月、このラジオを聞きながら、就職活動をして再就職出来たと嬉しい報告をくれましたよね!
あれからどうなったのか、気になっていました。今回はどんな報告でしょうか。俺は……」
***
「先輩、俺があのお客さんに声がけいきます!」
「いや、とりあえず待機で」
「はい」
ショッピングモールで通りがかりのお客に声がけしようとする俺を先輩は止めて代わりに声がけに行った。先輩の声がけは上手く行ってお客さんを着座させた。
やっぱり、先輩は凄いな。俺もお客さんを着座させて件数に繋げないといけない。そう思ってたくさんのお客さんに声がけをする。
俺は以前事務職勤務だったが、会社の人間関係が上手くいかなくて転職を考えた。どんな仕事がしたいか考えた時に営業をやってみたいと思った。
早速、営業を募集している派遣会社に登録すると、すぐに仕事は見つかった。見事転職に成功出来た。
業務内容はスマホの契約獲得だ。ショッピングモールなどに来店したお客さんにティッシュを配る。受け取った瞬間にヒアリングをして着座させて担当のスマホキャリアへの乗り換えを提案。お客さんを納得させて契約完了。
それが俺の今の仕事だ。だけど、まだ契約が取れない。先輩のやり方を教えてもらって盗める部分を真似てみるも上手くいかない。
しかも先輩は年下ばかり。俺よりも10歳以上離れている。俺の方が年齢は上だけど、職場では後輩という立ち位置なので強く言えることが出来ない。
年下が先輩ということに情けなさを覚えながらも営業として早く独り立ちしたい。その想いが常に強くなっていく。
気持ちの焦りとは正反対に結果はついてこない。
相手の悩みに耳を傾けて心を掴め。先輩からのアドバイスを参考にお客さんにヒアリングしてみるけど、上手くいかない。
教えてもらったアドバイスを使いこなせていないから、先輩に「アイツは使えない」と陰口を言われている。
仕事自体は嫌いじゃないし、もっと頑張りたい。だから、辞めたくない。だけど、このまま契約が取れないとクビを切られる。
俺はどうすればいいんだ。
***
「……俺はこのまま仕事を続けていけるのか? 不安になっている。
またカノンちゃんにアドバイスをしてほしい。お願いだ。
仕事が嫌いな船長、ありがとうございました」
そうか、新しい職場で上手くいってないんだ。やったことない業種で不安になっちゃうよね。
ボクはリスナーさんに何て言えば良いのかな。
迷ったけど、ボクに出来ることはこれしかない。
「仕事が嫌いな船長。ボクは、あなたに頑張れと言いません。
だって、あなたはもう頑張っているから。頑張っている人に頑張れというのは違うから。だから、頑張りすぎないでと言います」
ボクはリスナーさんに伝えたいことを一生懸命に頭の中でまとめた。
今までボクが経験した職歴を思い出しながら話し始める。
「ボクもこのライトハウスのパーソナリティになる前は色んな仕事をやっていました。声の仕事がしたいと思いながらもオーディションに受からなくて、たくさんのバイトをしました。嫌な思いもたくさんしたけど、無駄じゃないと思っています。だって、その経験がないと仕事が嫌いな船長を含めたリスナーさんの気持ちを理解できないから」
ボクはバイト時代の辛い過去がフラッシュバックして思わず泣きそうになった。泣いちゃダメだ。ボクが泣いたら、リスナーさんが不安になる。ボクの仕事はリスナーさんを導くこと。
「今、仕事が嫌いな船長は新しい航海に出て上手く波に乗れてないだけ。波に乗れたらきっと上手くいきます。自分を信じて航海を続けてください。応援しています!」
***
「カノン、お疲れ!」
ラジオ放送終えて、控え室のソファに腰掛けていると、番組ディレクターのホクトさんがやって来た。
「ホクトさん、お疲れ様です」
「どうした? へらへらして」
「いえ、ボクは幸せだなって」
「はぁ?」
「だって好きなことを仕事に出来ているんだから」
ボクは、ほっとした瞬間に辛いバイト時代の記憶が再びフラッシュバックした。いけない。また思い出しちゃった。
「いたい、いたい」
辛い記憶がフラッシュバックしたボクを現実に引き戻すようにホクトさんがボクのホッペを抓り始めた。
「良かったじゃないか。だけど、油断するなよ! 気を抜いていると番組が打ち切られるぞ」
ホクトさんはボクに激を飛ばしてプロデューサー席に腰を下ろした。
ボクはホクトさんに抓られたホッペを押さえながら、心の中で「はい」と答えた。
好きな仕事が出来る環境を与えてくれている船長(プロデューサー)に感謝しながら、ボクは仕事終わりのカフェオレを味わった。
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