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⑮純粋な航海

「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」

 ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。 ホクトさんがプロデューサー席に座ってラジオブースを見ている。
 え! 居眠りの常習犯のホクトさんが起きてラジオ収録に臨んでいる。これは明日大地震が来るかもしれない。どうしよう。家具にちゃんと地震対策をしてない。あとお気に入りの”すやすやアニ丸”のパオ丸フィギュアが棚から落ちちゃう。
 ボクは起こるかもしれない大地震の心配をしていると、ホクトさんの様子がおかしいことに気づく。
 あれ? ホクトさん? ホクトさんの目は開いている。宝塚の男役を演じる女優さんのように凜々しい目がボクを見ている。ボクはホクトさんの視線に思わずドキッとしてしまった。
 だけど、ホクトさんの首が福島の特産品である”あかべこ”のようにカクカクと上下に動いている。
 もしかして、目を開けながら寝ている!? ホクトさん、そこまでしても寝たいんですか。船長(プロデューサー)の睡眠への執念を感じながら、ボクはラジオを進行する。

「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。
なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。
メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」

 ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、早速リスナーさんからのメール紹介のコーナーに入ることにした。

「では、今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。
では、早速読ませて頂きます。
カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! 純粋な瞳に目が眩んでいる船長です。わぁ! 純粋な瞳に目が眩んでいる船長、お久しぶりです!
前回の放送で第一希望の幼稚園への就職に対するお悩みで海図を送ってくれましたよね。今回は良い報告が聞けることに期待しちゃいます。わたしは……」

***

 わたしは念願の保育士になれました。今、3歳児のクラスを担当しています。毎日、可愛い子供達の成長を見守りながら楽しい日々を送っています。
 だけど、子供達は、わたしの予想を超えることをします。何でも興味津々の子供達は、わたしが集まって欲しいと声をかけても言うことを聞いてくれない。さらに、わたしが頭で描いている以上の質問をしてくる。
「かなでせんせい。めいちゃんね、おおきくなったら”まじぷり”になるの!」

 めいちゃんの言う”まじぷり”とは”マジシャン・プリンセス”という女の子向けのアニメである。魔法使いの王女様が人間世界に現れた魔物から人々を守るという作品。わたしが担当しているクラスの女の子のほとんどが見ている。休み時間には女の子同士が集まって”まじぷり”ごっこをして遊んでいる。

「どうやったら、”まじぷり”になれるかな?」

「え……」

 わたしはこの質問に答えられませんでした。”マジプリ”はアニメ作品で空想です。現実に考えてなれるわけではありません。
 でも、3歳のめいちゃんには理解できないです。それに”マジプリ”になれないって伝えて、めいちゃんの夢を壊してしまう。
 わたしは憧れの保育士になったのに、クラスの子の夢を応援してあげれなかった。

 わたし、保育士に向いてないのかな。

***

「……それから、わたしは、めいちゃんと会うことに気まずさを感じています。でも、わたしはめいちゃんから逃げたくない。ちゃんとあの子に応えてあげたい。カノンさん、めいちゃんの気持ちに応えるアドバイスをください。よろしくお願いします。純粋な瞳に目が眩んでいる船長、ありがとうございました」

 そうか、保育士さんになれたんだ。良かった。
 だけど、今度は別のお悩みが生まれちゃったみたいだ。
 アニメのキャラになりたいか。ボクも子供の頃は変身ヒーローに憧れていた事があるから、この女の子の気持ちはよく分かる。

 だけど、女の子の夢を壊したくないというリスナーさんの気持ちは、とても大事だ。ここでなれないなんて現実を突きつけたら、この女の子は傷つくだけじゃなくて、今後なりたいものが見つけづらくなっちゃう。
 これは二人のために良い方向へと導いてあげたい。
 どうしたら良いかな?

「純粋な瞳に目が眩んでいる船長。夢である保育士さんになれたんですね。おめでとうございます! 前回の海図で保育士さんになるか迷っていると仰っていて、ボクはあなたに夢を諦めて欲しくなくて進むための勇気を持って欲しいとお伝えしました。
それを実行してくれて夢が叶った報告を聞けて凄く嬉しいです。
話は変わりますが、教え子のめいちゃんの夢、とてもステキですね。叶えてあげたいですよね」

 ボクはトークをしながら、リスナーさんへのアドバイスを考えていた。 無言の間を生むことは放送事故となる。それはパーソナリティとして失格だし、リスナーさんを不安にさせてしまう。
 だからと言って適当なことを言えば良いというものではない。
 どうしたら良いかな。あぁ、そうだ。これが良いかもしれない。

「話は変わっちゃいますが、ボクの知り合いがサンタさんについてこう言っていました。”サンタがいないって思うよりいるって思った方がロマンがある”と。めいちゃんの夢も同じ気がします。なれないと思うよりもなれると思う方がロマンチックじゃないですか。それに大人になれば、色々知っていきます。だから、今は夢を見させてあげてください。例えば、お友達と仲良くなったらとか、ピーマンをちゃんと食べれたらとか。まずは小さいことからやってみるように言ってみてください。あなたもめいちゃんと一緒でこれからです。めいちゃんと一緒に頑張ってください」

***

「カノン、お疲れ様!」

 ラジオ放送終えて、ほっと一息ついていたボクの前にホクトさんがやって来た。

「ホクトさん、お疲れ様です」

「お前、アタシが去年のクリスマスに言ったことをラジオで話すなよ!」

「ごめんなさい」

 そう。さっきのリスナーさんへのアドバイスはホクトさんがボクに話してくれた内容である。去年、ライトハウスのクリスマス放送の後にホクトさんとサンタさんはいるかいないかという話題になった。
 その時にホクトさんがボクに言った話である。

「へぇ、ホクトも洒落たことを言うのね」

「ミナミさん、お疲れ様です!」

「なんだよ、ミナミ。アタシがそんなこと言ったら、ダメかよ」

「別に~」

 ミナミさんはいたずらっ子みたいな表情を浮かべている。
 ボクはそんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた。

「それよりカノンちゃん」

「はい」

「さっきのお弁当に入っていた野菜炒めのピーマン残っていたわよ」

 げっ! ミナミさん、どうしてそれを見つけたの! ミナミさんの手にはボクが収録前に食べたお弁当箱があった。農家さん、ごめんなさい。ボクはピーマンだけがずっと苦手なんです。頑張って食べたけど、苦くて食べれないんです。

「カノン。さっきリスナーへのアドバイスで教え子にピーマンが食べられるようにするって言ったよな?」

 ギク! 確かにそう言いましたよ。あの時、ボクが思いついた子供でも出来そうなことがピーマンを食べるだった。

「そうでしょ。3歳の女の子にピーマンを食べるようにって言っておいて自分は残すなんて」

「これはマズいな。こんなことがバレたら、ラジオへのクレームが止まらないぞ」

 船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)の圧力に耐えきれなくなったボクはそっと逃げようとした。
 だけど、ホクトさんはボクが逃げないように羽交い締めにする。

「おい、カノンちゃんどこに行くんだ?」

「あ、あの?」

「カノンちゃん、嘘つきはドロボーの始まりよ」

「ピーマンくらい食えよ! ガキじゃないんだから」

「許してください~」

「はい、カノンちゃん。あ~ん」

 ミナミさんはピーマンを刺したプラスチックのフォークをボクの口へと近づける。口は災いの元。ボクはそのことわざの意味を体感した。
 そして、ラジオで話すことはちゃんと選ばないといけないという教訓を船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)から学んだ。


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