①白紙の海図での出航
「みなさん、こんばんは! 人生という大海原で迷子になったあなたを導く光でともすラジオ”ライトハウス”へようこそ! メインパーソナリティのカノンです」
ボクはいつもの自己紹介を終えると、ラジオブースの外に目を向けた。ブースの外のプロデューサー席で番組プロデューサーのホクトさんが放送聞いているフリをして寝ていた。自分の担当のラジオの放送中に寝ないでよ! ボクは訴えたい気持ちを抑えてラジオを続けた。
まず初めてのリスナーさんがいるかもしれない。このラジオについて紹介をしなくちゃ。
「このラジオでは大海原で迷子になった船を導く灯台がテーマです。なので、リスナーさんのことを船長さんと呼ばせてもらいます。 メールを投稿するときは○○船長と書いてください。あと、メールはリスナーさんの進路に対する内容などを取り上げさせて頂きます。そのため、メールをこのラジオでは海図と設定します」
ボクはライトハウスでの基本ルールを説明し終えると、リスナーさんからのメール紹介のコーナーへと切り替えた。
「今日の船長さんから届いた海図を紹介します。みなさん、たくさんの海図をありがとうございます。 では、早速読ませて頂きます。 カノンさん、こんばんわ! こんばんわ! まっしろしろすけ船長です。 まっしろしろすけ船長、はじめまして! 今回、初の海図投稿となります。ありがとうございます。僕は……」
***
「あなたは何がしたいんですか?」
僕は何がしたいんだ? 自分を変えたくてコンサルを受けているはずなのに、コンサル担当の問いに僕は何も答えられなかった。 コンサル担当の質問を聞いて頭が真っ白になった。 親に早く安定した企業に就職、結婚して安心させてくれ。 そう言われて就職を焦ったせいで、僕はやりたくもない仕事を選んでしまった。興味もない仕事、苦手な人間関係、僕は逃げるように仕事を辞めた。次の仕事を見つけても長続きしないで転職を繰り返す。
それが僕の人生。このままでいけないとコンサルを受けに来たのに。
結局、コンサル担当に何も言えないまま、その日のコンサルは終了した。ただ担当者に依頼料を渡して終わってしまった。
「何も言えなかった」
何がやりたいの? 幼稚園児でも答えられる簡単な質問に答えられない自分が情けなくなって僕はアパートの部屋で大声で泣いた。 隣の住人からウルサイという苦情が来るというリスクを気にせずに。
***
「……そんな時にこのラジオを知りました。僕を正しい航路(じんせい)に導いてください。よろしくお願い致します。 まっしろしろすけ船長、ありがとうございました。かなりの荒波での航海ですね。何をしたら良いか分からない。 これはこのラジオを聞いている船長さんだけではなく、全ての方に共通するお悩みですね」
これは難しいお悩みだ。このリスナーさんのためになる進路は何か懸命に考えた。
でも、人生に正解はない。ボクがそれを決めて良いのか。
「まっしろしろすけ船長。いきなり航路じんせいを決めなくて良いですよ。違うなと思ったら、別の航路(じんせい)があります。なので、まず出向してみましょう。ボクもこのラジオのパーソナリティになる前は様々な航路じんせいを進みました。迷って、迷ってここに辿り着きました。でも、その迷ったことが間違いだと思っていません。それがあったおかげで辿り着けたと思っています」
ボクは今までの人生を思い出しながら、リスナーさんの悩みに答え続けた。
「だから、まっしろしろすけ船長。間違いを恐れずに気になったことから始めてみてください」
正しいかは分からないけど、ボクが思うベストな答えをリスナーさんに伝えた。
***
「カノン、お疲れー」
「ホクトさん、お疲れ様です」
ラジオが終わってブースから出ると、番組プロデューサーのホクトさんがボクにペットボトルのカフェオレをくれた。
「どうした? 辛気くさい顔して」
「いえ、さっきのリスナーさんへのお悩みへの返事があれで良かったのかなって」
「カノン、お前は真面目か!」
ホクトさんはボクの肩を思いっきり叩く。豪快なホクトさんの勢いで持っていたカフェオレのペットボトルを落としそうになった。
「別にお前は神様じゃないんだ。完璧な人生を教えなくて良いんだ。お前の仕事はリスナーの悩みを聞いて案内してあげること。それだけだ」
「ホクトさん……」
ホクトさんっていつもだらしないのに、こういう時はかっこいい。 ボクが女の子なら確実に惚れてしまう。
「ホクトさん」
「なんだ?」
「ホクトさん、かっこいいなって思って」
「だろ!」
ホクトさんは嬉しそうに笑っている。だけど、こんなにかっこ良すぎて男性にモテなくて婚期を逃している。そう、ラジオクルーに影で言われていることをボクは知っている。
でも、それを知ったホクトさんが大激怒するに違いないので、ボクの心の中にしまっておこう。
「なに、にやにやしてるんだ。カノン!」
「なんでもないです」
「カノンちゃん、お疲れ様!」
「ミナミさん、お疲れ様です」
番組ディレクターのミナミさんがボクの所に走ってきた。 ボクがラジオパーソナリティデビューしてからお世話になっている方。
「おい、カノンちゃんはないだろ。コイツは男だぞ」
「何言っているのよ! ホクトよりカノンちゃんの方が女の子らしいじゃない」
「うるせぇ! ミナミ、お前こそ男らしくないと売れ残るぞ!」
「あんたに言われたくないわよ!」
また夫婦漫才が始まった。ミナミさんはキレイな黒髪ストレートでお化粧もバッチリ出来るキャリアウーマンみたいな見た目だけど、男性である。
ホクトさんはホスト風のスーツを着た宝塚の女優さんが演じる男役みたいにかっこいい見た目だけど、女性である。
見た目と中身が正反対の二人を見たら、お似合いのカップルにしか見えない。 このラジオに関わるボクを含めたクルーの間では、もう二人が結婚すれば良いのにという共通認識が生まれている。このことは二人以外の秘密である。面白いネタだからラジオで話したい。ボクはいつも思っている。
「「なに、笑ってるの!!」」
「カノン、お前はもっと男らしくなれよ!」
「そうよ。だから、他のラジオクルーに舐められるのよ!」
二人からの強烈な指摘にボクは黙って頷くことしか出来なかった。 ボクは中性的な見た目と可愛い声のせいで女の子に間違えられてしまう。リスナーさんもボクが男だと気づいている人は誰もいないだろう。
これがボクの悩みである。まぁ、リスナーさんが抱える悩みに比べたら小さなものか。リスナーさんにとってこのラジオは灯台でボクは灯台守。
だけど、このラジオにとってボクは航海士である。 ボクのラジオ放送によってこのクセの強い船長(プロデューサー)と副船長(ディレクター)が作り上げた船(ラジオ)が沈む可能性がある。
そうならないためにもボクは一人でも多くのリスナーさんに面白い、このラジオを聞き続けたいと思ってもらわないといけない。 これからもリスナーさんの航路(じんせい)を照らし続けながら、船(ラジオ)が沈まないように頑張るぞ!
ボクは気持ちを引き締めてホクトさんにもらったカフェオレを飲んだ。
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