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静かな雨をくぐりぬけて出逢った小さな映画館

しとしと雨が降っていた。
花壇のチューリップは水滴を元気に弾き、灰色の世界で自己主張している。

どういった経緯で出かける約束をしたのか覚えてはいない。
ただ友人と傘をさしながら、みなとみらいを歩く光景はしっかりと覚えている。



わたしはその時とても落ち込んでいた。
大切にしていたはずの友人を失ったからだ。
経緯はともかく。まだ20歳、簡単に壊れてしまった人間関係というものに耐性がなく、ひどく傷ついていた。
そんな事情を知った友だちに連れられて、きらびやかな街をとぼとぼ歩く。

原色のチューリップを追い越し続けるうちに、気がつくとミニシアターと呼ばれる映画館にたどり着いた。


ラインナップには普通の映画館で上映するようなものはなく、短編やマニアックでコアな作品が並ぶ。

その場でなんとなく入ることに決めて、チケットとポップコーンをひとつ買った。
やだな、カップルじゃないんだし…。と文句を言いつつも、たっぷりバターの一箱は食べきれない。まぁいいか、と横からボックスを摘ままれることを許した。


選んだのはたしかフランス映画。
タイトルも内容も、まったく覚えていない。
ただ美しい映像が画面いっぱいに広がって、心地よいと感じたことは記憶に残っている。


それは本編がよかった以上に、今まで来たことがなかったような特別な映画館で、ありのままの自分を受け入れてくれていた人間が横にいてくれたからだと思う。

心が自然に緩んだのだ。
ただ何も言わず、傷ついた心のそばにいてくれたことがとてもありがたかった。

ないものを数えるより、近くにそっと存在している優しさを噛みしめよう、と。気付きを心に留めた思い出だ。

彼とは今でも友人だ。
きっとこれから先もたまに連絡を取り合って「元気でよかった」と確認し合う。たいして話はしないけど、なんとなく気持ちだけ傍にいる。そんな関係が続いていくのだ。と勝手ながら思っている。

お気に入りの映画作品はたくさんある。
けれどわたしが「映画の思い出」といわれて頭に浮かんだのは、靄がかかった視界に現れたレトロな映画館だ。

#映画館の思い出


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