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ショートショート:恒例行事【1476文字】

1月の初旬の休日に、毎年やることがある。

毎年ひとりでやる、恒例行事。
私にとっては、ある種の儀式のような、神聖ささえも感じるような、とても大切なこと。

今年は1月10日の日曜日。

10日くらいまで待てば、さずがに遅れていても届かない。

そう、恒例行事の主役。
年賀状。

今年は42枚届いた。

そして、今日のもうひとりの主役。
私は年に1度だけ、この日だけ、活躍してくれる機械を居間に運んでくる。
家庭用の、白い四角い電気で動くもの。

私は年賀状の1枚を手に取る。

親から譲り受けた古い戸建ての、だだっ広い寒い居間。灯油ストーブの前で背中を暖めながら、私は最初の1枚をゆっくり眺める。

『結婚しました!』

新年の挨拶と結婚の報告を一緒に済ませるタイプの年賀状。よくあるやつ。
ハワイで挙式している写真が載っている。
レイといったか、写真にうつるほとんどの人物が、首から花の輪をさげている。

こんな寒い1月に、ハワイの写真を見せられても。ねえ。

私は最初の1枚の端をつまんで、家庭用の白い四角い機械、そう、シュレッダーにそっと入れる。

シュレッダーは、ヴィーンと唸りながら、ッカっと紙の端を噛み、バリバリバリと引き裂いていく。

これが私の恒例行事。

私は毎年、届いた年賀状を、シュレッダーにかける。

1枚1枚丁寧に、丹精込めてシュレッダーに入れていくのだ。



ヴイーン
ッカ
バリバリバリ


ヴイーン
ッカ
バリバリバリ



ハワイの写真。
パリの写真。
ディズニーランドの写真。
子供の写真。
家族写真。


『クリスマスに入籍しました♡』

『赤ちゃんが生まれました♡』

『家族が増えたので引っ越しました!』

『新居を建てました!』

『待望の第二子誕生しました♡』



ヴイーン
ッカ
バリバリバリ



粉々に引き裂かれる他人の幸福。

私はその音と感触を、ひとりひっそり愉悦する。





私は妬みやすい性格だから、SNSは全て避けてきた。

Facebookはリア充自慢、家族自慢、趣味自慢。
Twitterは不幸自慢と病み自慢、それに対する誹謗中傷。
Instagramは元の顔がわからないほど加工された女たちの映え自慢。



何を見ても妬んで僻む。
分かっていたから避けてきた。


でも、ひとつだけ辞められない。
ブロックもできない。
退会もできない。
アカウント削除もできない。
ソーシャルな、ネットワークじゃない、サービス。

年に1回必ず来る、1年分の幸福自慢。
年賀状。



彼らだって、毎日が幸福で楽しいことばかりじゃないことくいらい分かっている。でも年に1回の年賀状に書けるエピソードはあるのだ。1つくらいは、トピックスがあるのだ。私にはない幸福のトピックス。

私の心に澱を溜める、一方的に送られてくる他人の幸福自慢。



粉々に引き裂くと心が軽くなると気付いたのは、ささいなきっかけだった。

昔付き合っていた男が、『結婚しました。春には赤ちゃんが生まれます!』という年賀状をわざわざ送ってきたのだ。

私は未練があったわけではないが、無性に腹が立って、その年賀状を感情のままにビリビリに破り捨てた。

すると不思議なことに、心がすーっとして、昔の男の幸せを、許せるような気がしたのだ。

あんな男のことなんてどうでもいい。

そう思えた。

そう、これは、自分のための禊なのだ。

今年も私は年賀状をシュレッダーにかける。
1年分の幸福自慢を粉々に引き千切る。


ヴイーン
ッカ
バリバリバリ


ヴイーン
ッカ
バリバリバリ



陽が陰って室内が暗くなってきた。
広い居間が底冷えしてきた。
それでも私は儀式を辞めない。

私の大切な禊の時間。

1枚ずつ丁寧に、バリバリ破れる他人の幸福。音と感触に愉悦を感じる。私の大切な恒例行事。



これで今年も、私は幸せ。



《おわり》

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