ショートストーリー:雪の日には彼女にキスを。【833文字】
別れたばかりの女性を口説くのは、寂しさに付け込むみたいで、ずるいのかもしれない。
大人の男がするには、スマートじゃない。
僕は、それを十分にわかった上で彼女に好意を伝え、彼女も僕のずるさを十分に理解したうえで、寂しさを埋める相手として、yesと答えてくれたのだと思う。
一緒にいるとき、彼女はあからさまに落ち込んだそぶりは見せない。
でも、例えば、食事中に店内で流れたラブソングに手が止まるとき、例えば、ジュエリーショップの前で一瞬足を止めるとき、美しいブラックカルセドニーのような瞳を潤ませ、彼女は黙り込む。
彼女は多くを語らないし、僕も聞かない。
そんな、言葉では伝えられない本心を隠したままで、僕と彼女は付き合い始めた。
夜から降っていた雪は珍しく東京でも積もった。
雪でも楽し気なカップルたちを横目に、彼女はうつむきがちに歩く。
スノウブーツがザクザクと冷え固まった雪を鳴らす。
「雪の日って静かだよね。」
彼女の口から白い呼気とともにぼそっと漏れる声。
「そうだね。」
「寒い日って、なんか、寂しくなるよね。」
「そうだね。」
彼女は立ち止まって僕を見る。
「ねえ、どうして私に優しくしてくれるの?」
僕はまっすぐに彼女を見て答える。
「好きだからだよ。」
忘れられない、大好きで仕方なかった誰かを思い出し、溢れる彼女の寂しさが限界まで迫って、それを必死に耐えているのが伝わってくる。
僕は人目も憚らず、歩道の真ん中で彼女を抱き寄せた。
彼女は僕の胸に一時のぬくもりを求め顔を寄せる。
すれ違った男が訝し気な顔をして見てくるが、僕は気にしない。
ずるいのはわかっている。
僕じゃなくていいこともわかっている。
誰かの代わりでいい。
僕はこの一瞬だけでも、彼女の欲するぬくもりのひとつになりたい。
彼女の寂しさの一番近くで寄り添い、いつか彼女が「あんなこともあったね」と笑える日に、できれば一緒に笑えればいい。
僕はそう願いながら、彼女の冷えた額にキスをする。
この雪が溶けるような、暖かい季節になる頃には、きっと。
《おわり》
しめじさんの、下記企画に参加させていただきました。珍しくロマンチックなもの書こうかな、と思ったら、なんか昔のトレンディドラマみたいになりました笑。クリスマス・イブなので、ご勘弁♥
おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!