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小説:自業自得だよ【5597文字】

 上司に怒られて落ち込んでいるとき寄ったコンビニの店員がかわいくて、ちょっと得をした気になる。レジ横のホットスナックコーナーを見るふりをしながらレジを打つ女性をちらちら見る。仕草がてきぱきしていて、顔立ちはかわいらしい。素敵だな、と思った。
 自分のレジの順番になったときに、勇気を出して声をかける。
「店員さん、かわいいっすね」
 彼女は少し驚いた顔をして「ありがとうございます」と言った。
「良かったら、バイト終わりに飯でもどうっすか?」
 彼女は少し首をかしげて「ナンパですか?」と言った。
「ああ、そう。ナンパ」
 単刀直入に聞かれて思わず照れ笑いをする。
「私、ちょっと変わってますけど、いいですか?」
 今度は俺が首をかしげる番だった。何がどう変わっているのだろう。
「変わっているって、何が?」
「うーん。言っても信じていただけないと思うんですけど」
 俺が買った缶コーヒーにテープを貼りながら、彼女は言葉を濁す。もしかしたら、ちょっと風変わりなフリをしてナンパを断るのが常套手段なのかもしれない。
「いいよ。その変わっているとこ、見たいっす」
 そういうと彼女は「後悔しても知りませんよ」と冗談っぽく笑って「バイトは19時までです」と言った。俺は内心よっしゃ! とガッツポーズをしながら「じゃ、19時に店の前に来るね」と冷静を装った。
「じゃあ、またあとで」
 彼女はにこりと笑った。やっぱりかわいいじゃないか。俺は普段ナンパなんてほとんどしないのに、うまくいったことに驚いていた。
 19時ちょうどにコンビニへ行くと、私服になった彼女が店から出てきた。アルバイトに来る程度だから、とカジュアルな恰好を想像していたが、出てきた彼女は新品のようにきれいな水色のワンピースで現れた。華奢なハイヒールを履いて、高級そうなバッグを持っている。
「何、食べたい?」
 見とれていたことがバレないように、何食わぬ顔で言う。
「まず、自己紹介じゃないですか? 名前教えてくださいよ」
 彼女が笑う。そりゃそうだ、と自分でツッコミを入れる。
「俺は、勇樹。有馬勇樹」
「私は桜です。佐藤桜」
「桜ちゃん、よろしくね」
「こちらこそ」
 こうして俺は桜と食事へ行った。結果から言うと、最高の時間だった。
 
 数回デートをしたが、いつも楽しく、桜のいうところの「変わっている」という印象は全く感じなかった。ただ一つ気になるのは、毎回デートのたびに新品のようなきれいな服を着て、高級そうなバッグを持ってくることだ。今まで見たバッグは全部違うものだ。ブランドものに疎い俺でも、高そうなのはわかる。アルバイトはコンビニだけだと言っていたから、さすがにあれだけのものをバンバン買えるとは思えない。もしかしたら親が金持ちなのか。それとも、もっと大人の男性から援助を受けているのだろうか。そうなると、中小企業のしがないサラリーマンの俺では相手にならない。
 今日も桜は真新しいきれいな服を着て、高そうなバッグを持って現れた。
「今日は、うちに来ませんか?」
 そういって、ちょっと真面目な顔をした。
「私のちょっと変わったところ、見せます」
 俺は大いに興味をそそられた。今まで見られなかった「変わったところ」を知れるなら、ぜひ知りたい。
「じゃ、お邪魔しようかな」
 桜の自宅は、こぎれいな単身者向けのアパートだった。特別豪勢な家ではない。今のところ、変わったものもない。
「お邪魔します」
 女性の家にあがることに多少緊張しながら靴を脱ぐ。
「あ、猫、大丈夫ですか?」
 んにゃ~と声がして、大きなトラ猫が出迎えてくれた。
「めっちゃかわいい!」
 俺は動物全般が大好きだ。
「あ、良かった。アレルギーとか確認するの忘れてしまっていたので」
 そういって桜は「ミイちゃん、ただいま」と愛おしそうに猫を撫でた。
「えっと、お腹空いてますよね。食事、何がいいですか?」
 何か作ってくれるのだろうか。
「何でもいいよ。桜ちゃんの得意料理がいいな」
 俺の言葉に桜は、ちょっと笑った。
「普通は、そう思いますよね」
 そして、テーブルにあったリモコンを持って、テレビをつける。
【今すぐお届け! ピザならピザット!】
【大感謝祭! 今ならウニ大盛り、寿司万歳!】
 食事時だからか、うまそうな店のCMが続く。
「どれにしますか?」
「どれって、今から頼むの? デリバリー?」
「違います」
「どういうこと?」
 すると桜は【極上のイタリアンをどうぞ】というCMを見ながら「イタリアンでいいですか?」と言った。そして、テレビの画面に手を伸ばす。そこからは、何かのイリュージョンを見ているようだった。桜がテレビに手を伸ばすと、そのまま画面の中に手が入って、なんと桜はテレビの中から出来立て熱々のパスタを取り出したのだ。艶々のミートソースのかかったうまそうなパスタ。
「あと、これとこれも」
 そう言いながら、パスタをもう一皿と、サラダと、ワインをテレビから取り出した。それらは完全に本物で、ほのかに立ち昇る湯気はトマトソースやオリーブオイルのうまそうな匂いがしている。
 呆然としている俺を見て桜は「ね、変わっているでしょう?」と言った。
「確かに……変わってるね」俺は驚いて立ち尽くした。
「嫌いになりました?」静かに言う。
「このことを知って嫌いになるなら、仕方ないと思っています。だから、ずっと一緒にいたいと思った人には見せています。今まで、これで三人に振られました。こういうのって、普通じゃないから、怖いんですって」
 テーブルに並んだ豪華な食事を前に、桜は淡々と話す。
「いや、びっくりはしたよ。びっくりはしたけど、怖いとか、嫌いとかにはならないよ」
「本当ですか?」
 そういって見つめる桜は、不思議な能力を持っていてもいなくても、変わらずかわいい女性だと思った。
「うん。それに、めっちゃお得だな」
 俺はテーブルに並んだごちそうを眺める。
「はい。お得です! ちゃんとCMからしかとらないって決めているので、お店に不利益になるようなことはしていません」
 自分で何かルールを設定しているらしい。桜が特別な能力を悪事に使うようなタイプではないと信じられた。
「せっかくだから、いただくね」
 俺は、席につく。桜は拒絶されなかったことが嬉しかったのか、にっこり笑って「じゃ、準備します!」といった。ワイングラスやカトラリーを並べる。料理はどれも文句なしに美味しかった。食べながら、桜がデートのたび新品の服やバッグを持っていた謎が解けた気がした。
「ああ、そうか。もしかして、食べ物にだけ使えるわけじゃないんだね」
 俺の言葉に桜は、自分の服を見下ろす。
「バレましたね。服でもバッグでも、なんでもとれます」
「すごいね! そのテレビが特別なの? それとも、桜ちゃんが特別なの?」
「特別……なのかどうかは自分ではわかりませんが、私はどのテレビからもとれます」
「すごいな!」
 そういえば、最初に食事に誘った日、新品のような服を着ていたことを思い出す。もしかしたら、コンビニのスタッフルームにテレビがあるのかもしれない。
「ミイちゃんも、テレビからもらったんですよ」
 桜は、ソファで丸くなっている猫を眺めて言う。
「え! 生き物もできるの?」
「はい。普段はしませんが、去年の夏、台風のニュースがやっていたとき、小さな子猫が一匹テレビに映りました。子猫は、雨に打たれてぐったりしていました。カメラマンもキャスターの人も、誰も猫の存在に気付いていませんでした。それくらい、ミイちゃんは小さかったんです。私は、思わず手を伸ばしました。冷たい泥水の中からどうにか助けたい。そう思ったら、無意識に手が出ていたんです。テレビから出したミイちゃんは、汚れていて痩せていて、衰弱していました。すぐに病院へ連れていって……今は大きくなりました」
 俺は涙が出そうなのを必死にこらえた。もともと動物ものの感動話に弱い。そんな経緯でこの家に来たなんて聞いたら「ミイちゃん良かったなあ~」と大きな声を出して猫を抱きしめたくなる。
「桜ちゃんはミイちゃんの命の恩人だね」
 そう言うにとどめて、涙をこらえてワインを飲んだ。
 食事を終えて、二人でソファに座ってテレビを見る。俺は、さっき桜がやっていたようなことが俺にもできるのではないか? と思えてきた。それくらい桜は自然にやっていたからだ。俺は少し体を乗り出してテレビ画面に触る。カツンと冷たい画面に触れる。俺の手がテレビに入っていくなんてことはなかった。ミイちゃんがそれを見て、ニヤっと鳴く。笑ったのかもしれない。
「このテレビなら誰でもできるわけじゃありませんよ」
 桜は笑った。
「そうみたいだね。こんな能力があるなら、バイトしなくてもいいんじゃない?」
 服もバッグも食事も、なんでもテレビからとれるなら、お金は必要ないように思えた。
「でも、家賃とか水道光熱費とか、あとミイちゃんの病院代とかは必要ですから」
「バッグ売ったらいい値段になりそうだけど」
 桜は少しむくれた顔をして「それはやらないって決めています」と言った。
「食事や服だけでも十分お世話になっているんです。それを換金しようなんて思いません。私は、自分とミイちゃんに必要なもの以外はとらないって決めています」
 真剣な声をしていた。
「ああ、ごめんね。変な意味で言ったんじゃないよ。でも、俺だったらちょっとやっちゃいそうだなって思って」
「その気持ちもわかります。でも、そうすると私、社会と何のつながりもなくなるんです。テレビとミイちゃんだけの世界。それって、ちょっと寂しくないですか? それに、バイトしていたから勇樹さんにも出会えたし」
 桜ははにかむように微笑んだ。ワインで少し赤くなっている頬に軽くキスをする。
「もう言わないよ。桜ちゃんが思うように自分の能力を使えばいい」
 桜はうなずいた。
「それに、こういうこともできるんですよ」
 そういって桜はテレビのチャンネルを変える。そこには、干ばつで苦しんでいる子供たちの姿が映っていた。
「ああ、世界は残酷だね」
 桜は静かにうなずくと、冷蔵庫から数本ミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、すっとテレビの中へ入れた。突然手元に現れた水に子供たちは驚いたが、慌てるように蓋を開けるとぐびぐびと飲んだ。
「出すだけじゃなくて、入れることもできるの!?」
 驚いたと同時に、俺は感動していた。
「私にできることなんて限られています。でも、少しでも良いことに使えたらと思っています」
 俺は桜を尊敬した。
 
 そうして俺と桜の付き合いは続いた。桜は、テレビから物を出し入れできる以外は普通の女の子で、とてもできた恋人だった。正義感が強く、嘘が嫌い。まっすぐな女性だった。俺はほとんど桜の家で過ごすようになり、桜がテレビから何を取り出しても驚かなくなっていた。つまりは、幸せだった。
 だから、本当に、魔が差したとしか言いようがない。
 その日は、会社の同僚に誘われた飲み会だった。帰りが遅くなるから先に寝てて、と桜には言っていたが、飲んだ勢いで同僚の連れてきた女の子と朝を迎えてしまうことになるとは、思っていなかったのだ。
「ただいま……」
 朝方、こっそり桜の家に帰る。カーテンが閉まっている。薄暗い部屋に入ると、ソファに桜が膝を抱えるように座っていて、驚いて声をあげそうになった。
「先に寝ててって言ったのに」
「朝帰りってどういうこと?」
 桜は徹夜で待っていたようだ。小さな音でテレビがついている。
「いや、飲んでいたんだって。同僚と飲むって言っただろう?」
「じゃ、スマホ見せて」
 手を突き出してくる。俺は一瞬、たじろいだ。さっきまで一緒にいた女の子から連絡がきていないとは言い切れない。
「人のスマホなんて、そりゃ、恋人同士だとしてもプライバシーがあるだろう?」
 桜は「見せられないわけがあるんだ」と、じろりと睨み「浮気したんでしょ」と言った。
「違う。違うって。向こうが勝手に誘ってきただけで」
 俺は、あっ! と口をおさえる。ふんっ……と鼻でため息を吐く桜。
「ごめん、ちょっと魔が差しただけなんだ! 本当にすまない。俺には桜しかいない。それだけはわかってくれ! 土下座でもなんでもするから!」
 見苦しいかと思ったが、俺は必死に謝った。
「ほんと~?」
 疑わし気に見てくる。
「ほんとだって!」
「じゃ、土下座なんかしなくていいから、ぎゅっとして」
 そういって桜は、ソファから立ち上がり両手を広げた。なんてかわいい。抱きしめれば許してもらえるのか! 俺は、いくらでも抱きしめる! と駆け寄った。桜は大きく広げた両手で俺を抱きしめると、思い切り横へ投げ飛ばした。俺は、勢いよく地面に転がる。
「痛ぇ……何するんだよ~。痛いじゃないか」
 顔をあげるが、そこに桜はいなかった。
「桜?」
 俺は、暗く湿った土の上に座っていた。言いようのない悪臭が漂っている。生ごみのような、腐った魚のような嫌な臭いだ。ここはどこだ? 
 目の前の土がモコモコと動いている。何だろう、と見ていると突然土の中から何か飛び出してきた。それはなんと、ゾンビだった。
「うわあ! ゾンビ!」
 そこで初めて、俺は悟った。俺は、桜の能力でテレビの中に入れられたのだ。小さな音でテレビがついていたのは気付いていた。でも、何を見ていたのかまでは確認しなかった。桜がテレビの中に何でも出し入れできることを知っていたのに、不覚としか言いようがない。
 土から飛び出してきたゾンビが襲い掛かってくる。俺は急いで立ち上がってゾンビから逃げる
「ごめん! 本当にごめん! もう絶対に浮気はしないから許してくれ! 出してくれ~!」
 天から「反省するまで出してあげない」という大きな声が聞こえる。俺は「反省してます~!」と叫びながら走った。

【おわり】

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