2021年12月の記事一覧
小説|雪男は麓の町へ
雪山から麓の町へ雪男が下りてきました。時計台広場にある長椅子に座りつづけて、はや一か月。雪男はパンも食べず水も飲まず、ただただ町に雪を降らせます。町の人々はみな雪男を怖がりました。ひとりの少女を除いて。
以前、少女は雪男と会ったことがあります。戦争にとられた父に代わり、病に伏す母に舐めさせようと山で蜂蜜を採った帰り道でした。猟銃で撃たれたか、木陰で動けずにいる雪男のそばに、少女は蜂蜜を置いて
青色のおままごと #月刊撚り糸
そろそろだと思いました。
そろそろいい頃合いだと。
木曜日の午前十時きっかり、私はあなたのクローゼットを開けました。あなたの匂いがしました。昨日の夜のあなた、そのままでした。
左隅に置かれた三段プラケース、その一番下の引き出しをゆっくりと味わうようにスライドさせていくと、あなたの匂いは一段と濃くなっていきます。
一昨日はありませんでした。昨日もありませんでした。しかし遂に今日、見つけました。プラ
小説|欠くとき、書くこと
もう会えなくなった人がいます。その人から私が教わったのは書くこと。便宜上であっても「その人」と呼ぶのが心苦しいほど、その人は私には欠くことのできない親しい存在でした。その人は私にこう語ったものです。
書くことは癒えること。大事なものを欠いたとき、あるいは大切なものを欠くのを恐れるとき、人は書く。欠いたこと、欠く恐れを、書いて埋める。書くことは、まず自分、次に他人を、癒やすものであってほしい。