変な子どもだと言われたわたしが就職するまでの話①
おはようございます。せっかく匿名なのだから、自分の人生についてぶっちゃけたり、その他日々思うことに関して自分の考え方を綴ったりしたいのですが考えているだけでそれなりにボリュームがあるなと、スマホを打つ手を止めてしまいます。
小学生のころのわたし。
当時は負けず嫌いでした。
小学生の頃、運動ができない私に母は持久力だけはつけるようにと階段の上り下りの練習をさせた結果、持久力だけはあるほうです。ですが、それ以外運動は全くできないので、圧倒的に負けを認める50m10秒台でした。
運動についてはしかたないとして、勉強でその負けず嫌いっぷりが発揮されました。こういう一面が、社会人になった今、体育会系っぽい、と言われるところでもある気がします。
小学校の頃からテストでは常に100点を目指すことが当たり前。塾にも通わせてもらいました。友人と三人で通い、テキストはバラバラでしたが、それぞれのレベルにあったものを、授業に合わせてとき進めていく形です。家でも別でテキストをしていたので、勉強はわりとしていたほうかもしれないです。
とはいえ、その小学生の頃、高校にすら行きたくないと宣言した勉強嫌いです。毎日?週末?勉強することに嫌気がさしたのかと思います。
あと、特記事項としては通学路の花に話しかけては気持ち悪がられました。そのこともあり、周りからは変だと言われていました。
中学生のころのわたし。
中学時代の定期テストの順位では1位や2位をとったことがありました。それでもなお勉強は好きじゃなかったです。ただ、100点を目指すだけでした。教科書にあるものをテキストで叩き込む、暗記するのはできても、応用力が全くないのでひねられた問題や、実力試験は苦手でした。
転校して1位をとったときには注目されたものの、高校入試では失敗し、特に誰からも注目されなくなりました。元々、1位を目指すというより全教科100点を目指していたので、それで良いのですが。
高校生のころのわたし。
第一志望には落ちましたが、偏差値はそこまで第一志望には劣らないところに運良く合格していたので進学。そもそも、高校にはいきたくないと言っていたのに、やっぱりいかせてもらえるのなら行ったほうがいいと思ったのは中学2年生のころ。ただ私立に進学することになり、親には申し訳なかったです。
そこで勉強をするわけでもなく、野球部に入り、マネージャーの活動に明け暮れます。弱小であっても、わたしにとっては野球部は、野球部でした。
そんなこんなで高校2年生の夏の終了と同時に親から野球部を辞めるよう言われます。というのも、全く勉強しなかったからです。
勉強すると言いなんとか説得し、そのまま勉強はせず月日はたちました。
(実は付属の大学に進学することで受験を回避しようと思っていました。)
付属の大学は理系しかない…今の私では推薦をもらえても、実力がない。これは中学生のころから変わりません。内申点は高いほうでした。
それから指定校推薦に切り替え、2校目で合格しました。(ふつう、内部で落ちることはなかなかないのですが、英語の内申点が足りませんでした。)
なかなか書いたので…また次回続きを書きますね!
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