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戦メリ 役者ではない三人の破壊力

緊急事態宣言の出る前日、駆け込みで武蔵野館に飛び込んだ。

おとなになって観ることの意義をこんなに強く感じた映画は初めてだと思う。当時よりそれぞれの登場人物の背景が理解できるようになっていることが一番の理由だろうが、ボウイがもういない事実も大きい。そして音楽の持つ力。色褪せないってすごいことだ。

教授のここは俺の居場所じゃない感は気の毒なくらいだけど、それでもなお、当時の美青年っぷりが異様で、部下である武骨な日本兵を演じるたけしが匂わせる憧れとか畏怖の対象として十分に余りある存在としてスクリーンにいた。このひとが音楽も担当してるんですよと大声で叫びたくなる。

いっぽうのボウイは、そのカリスマ性をまとって堂々と、心底嫌そうに日本兵を見上げる。まぁそうだよね、ジャワなんてなんにもわかっていなかった日本兵たちがあれ以上の蛮行を働いていたに相違なく、演技が白熱すればするほどボウイたちにすれば、クレイジーな日本兵に殴られさげすまれるわけだから、あんな顔にもなる。

土に埋められ首から上だけになってもなお美しいって、ねぇ。そりゃ血迷うよねぇいろいろ。

たけしもまた、日本兵らしい暴力性と情にほだされる面と、帝国軍人のあほらしさを体現していた。

ミスターロレンスの、台詞がすべて。だからこそこの原題なのだと、今だからわかった。

ミニシアターが開き始めた。もう一回観ちゃおうかな、、、

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