宇宙衛生博覧会―2021年10月28日

笹塚でカレーを食べた。パクチーが入っている。これで何度目かわからないが、何度食べても美味しい。



筒井康隆著『宇宙衛生博覧会』を読んだ。一部を除き、地球人と異星人との交流を描いたSF短編集だ。

交流といっても筒井さんの物語だからもちろん一筋縄ではいかず、文化や容姿や話法の違いによって衝突・混乱・懊悩・発狂していく地球人の姿が滑稽に描かれるブラックSFコメディとなっている。

面白かったので全話の感想を書いていこうかと思う。


蟹甲癬

かにこうせん。小林多喜二の『蟹工船』とは全く関係なく、クレール蟹という蟹を食べた人たちが侵される奇病・蟹甲癬を描いた話。具体的にいうと頬が蟹の甲羅みたいになってしまうのだ。

その蟹の甲羅の中にはカニ味噌のようなものができていて、それが大変美味であるため、蟹甲癬症患者は夢中になって自身の頬にできたカニ味噌を食べまくるのだが、そのカニ味噌の正体は実は…。

周りの人々だけでなく主人公自身もそのカニ味噌を貪り食ったおかげでその弊害に徐々に蝕まれていくのだが、その様子が『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせて何となく哀しい気持ちになる(ほぼネタバレだなこりゃ)


こぶ天才

背中に寄生させることで、傴僂(せむし。背骨がかがまって弓なりに曲がる病気)になる代わりに天才的な頭脳を得られるランプティ・バンプティという巨大な虫。その虫を販売している店主とそれを買いにくる人々とのひと悶着がいろいろと哀れで面白い。

子供に無理やりランプティ・バンプティを背負わせようとする狂った教育ママには恐ろしさすら感じた。

最後の終わり方は勉強不足でよく分からなかったが、調べてみると同じ疑問をもった人がヤフー知恵袋で質問していて、そのアンサーに納得した。落語のサゲみたいだなと思った。


急流

時間の流れが徐々に高速になっていく世界の話。

この短編集でいちばん好き。初めて読んだときはテンポ感が凄すぎて爆笑してしまった。こんなに笑える話を小説で作れるというのが筒井さんの凄さだなと思う。いやむしろ漫画とかじゃこの面白さは作れないかも。


顔面崩壊

タイトルの通り、人の顔が徐々に崩壊していく様を事細かに描写した、何ともグロテスクなお話。

「シャラク星という星でドド豆を圧力鍋で調理したときの最悪な状況」を老人が語るという体で、顔が穴だらけになったり、筋肉がむき出しになったり、その星の寄生虫が顔中をうねうね這い回ったりと、読んでるだけで鳥肌が立つ。ただただキツイ。


問題外科

これだけSFではなく舞台は現実の病院。

手術患者と間違えて看護婦を手術台に上げてしまった外科医の2人が、口封じに彼女を殺害しようとする話。

あまり多くは語らない(というか語りたくない)が、『顔面崩壊』の次にこれを持ってきた編集者はどれだけドSなんだと憤慨するレベルで読むのがキツイ。エログロ狂気なんでもござれ。

登場人物全員が理解できないぐらいにイカれていて、その理解できなさは異星人と対面したときと同じぐらいだと思うので、そういう意味ではSFなのかもしれない。何を言ってるんだ。


関節話法

間接話法ではなく関節話法。発語の代わりに関節を鳴らしてコミュニケーションをとる異星人との交流を描いたドタバタコメディ。

関節がうまく鳴らず、「喋る」と伝えたいのに「死ぬ」と伝わったり、「星務省(おそらく相手の星の省庁)」を「洗面所」と間違えて伝えてしまったりと、だんだん発言(発してはいないが)がしっちゃかめっちゃかになっていくのが本当に笑える。

筒井ファンの多くがこの話を最高傑作としてあげるぐらいに人気らしい。むべなるかな。


最悪の接触(ワースト・コンタクト)

冒頭で「文化の違いによる異星人との衝突が面白い」という旨のことを書いたが、その極致がこの話。

地球人とマグ・マグ人が一週間同居生活をするのだが、とにかくこのマグ・マグ人の行動原理が分からない。全く分からない。

地球人に内緒で料理に毒を盛ったかと思えば地球人が食べる前に「それ毒入ってるよ」と自ら伝えたり、「お前が見た夢の中にいた女が私のものを盗んだ」と本気で訴えたりと、言動が矛盾していてとにかく不条理なのだ。読んでるこっちも頭がおかしくなりそうだった。

でも程度に差はあれど移民受け入れによって外国人との異文化交流が増えそうな昨今、こういったことはどこかで起こっているのかもしれない。

そう思うと、この話の先見性に嘆息するばかりだ。


ポルノ惑星のサルモネラ人間

ある惑星に降り立った科学者たち。

そのうちの一人の女性が異種族の子供を孕んでしまう。

堕胎の方法が分からない彼らは、その星に生きる人間とそっくりのママルダシア人がどのように子供を堕ろしているかを聞き込みするべく、ジャングルの奥地へと踏み込んでいく。

そこで見たのは、エロスに支配された生態系に生きる生物たちの姿だった。

他者の姿を認めれば、たとえそれが異種だろうと同性だろうと構わず、のべつまくなしに性交する。調査に向かった彼らも生物たちのイキリ立った襲撃を受けながらも、妊娠した女性科学者のために立ち向かっていく。という話。


最初は謎のエロ生物たちの脅威にやられる科学者を描いたブラックコメディなのかなと思いきや、途中からエロスに支配されたこの生物たちの謎が解き明かされはじめ、それにつれてこの星の真実が見えてくる。下品な描写から、現代への批判にもつながる含蓄のある展開に変わるそのどんでん返し、パラダイムシフトに少し感動を覚えた。

単体でももちろん面白いが、この短編集でこれまで理不尽で滑稽な物語を読まされてきたからこそ、この話は美しく映えるのだなと思い、その構成の妙に感嘆する。

ただラストのオチは良い意味で筒井さんらしい、笑いと怖さの境界線を攻めていく締め方だった。


まとめ

筒井さんの短編集を読んだのはこれで3冊目だが、本書も期待を裏切らず面白かった。笑い、恐怖、不快感、感嘆。いろんな感情がぐわんぐわん揺さぶられる、まさに小説の4DXだった。

読んだことのない人はぜひ読んでほしい。一部の小難しい応酬を除けばサクサク読めるし、何なら短編集なので読みたい話だけ読めばいい。

ちなみに僕のオススメは『急流』と『関節話法』と『ポルノ惑星のサルモネラ人間』。最悪な気分になりたければ『問題外科』も良し。

次は『日本以外全部沈没』を読もうと思います。

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