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いつでも探しているよ──2024年3月4日

ストロングゼロ500mlを飲み干し、アルコールが過度に体内を巡っている状態で、俺はチューハイを作ろうとした。


数ヶ月前に購入した1.8リットルのキンミヤ焼酎紙パックを持ち上げて揺すると、底の方でチャプチャプとわずかに踊る程度。大きな紙パックは意外とスペースを取る。もう使い果たしてしまおうと思い保冷タンブラーに勢いよく注ぎ込んだところ、案に相違して中身がまあまあ残っていたようで、透明の液体がタンブラーの半分程度まで入ってしまった。

注いでる途中に止めれば良かったのだが、そこは阿呆の酔っぱらい、「いけいけいけ!」と競馬場のおっさんばりの掛け声とともにドバドバドバとやってしまった。酒精にとろけた脳みそに正常な判断を求めてはいけない。

そしてそのまま炭酸水を注ぎ、ほぼ5:5のバカチューハイでウインナーと目玉焼きを流しこめば、廃人の完成である。

ちなみに、この時点でこの男は、約1時間後に演劇関連のミーティングがあることをすっかり忘れている。

オモコロチャンネルの生放送アーカイブで大笑いしていたら急にグループLINE通話が始まり、ほえ〜なんだろ〜と思った次の瞬間にすべてを思い出し、急いで水をコップ2杯ほど飲んで何事もなかったかのように参加したが、本当に申し訳ないことをしたと今も後悔している。でも俺の0.01mmぐらいの極薄知能を総動員して何とかスケジュール感までは決まったし、その後の雑談も深夜2時ぐらいまで話し込んでしまうぐらい楽しかった。酔っぱらいに付き合わせてしまってごめんなさい。

君たちも、へべれけでチューハイを作ってはいけないよ。そしてミーティングは決して忘れないこと。おじさんとの約束だ。


ツイートに記載の通り、本日3月4日は『秒速5センチメートル』で遠野貴樹が篠原明里に会いに行った日である。

と言っても本作を見たことない人にはなんのこっちゃだと思う。

遠野貴樹と篠原明里は元々東京の小学校のクラスメイトだった。互いに転校してきたという共通点から仲良くなり、図書室で一緒に本を読んだりファストフード店でカンブリア紀の動植物などの話をしていくうちに、2人はクラスメイトの男子にからかわれるぐらい、お互いに想いを寄せるようになっていった。

だがそんなある日、明里が家族の都合で栃木に引っ越してしまう。

小中学生にとって、東京と栃木は途方もない距離である。中学にあがってからは会うこともなく、2人は文通で交流を続けていたが、今度は貴樹も鹿児島に引っ越すことが決まってしまう。

栃木と鹿児島…。致命的なまでに離れ離れになってしまう──その前に、貴樹はついに明里に会いに行くことを決意する──。

それが本日3月4日なのである。

その後の展開は本編を見てもらいたいが、とにかく本作は少年少女たちの切ない恋路を、文学的なモノローグと、リアルだが詩情的な背景美術で彩り描く、不朽の名作である。新宿駅の雑踏、プラットホームにぽつんと光る立ち食い蕎麦屋、暗闇広がる夜の雪原に停車する鈍行列車……。この時期になるとそういった印象的なシーンが鮮明に思い出される。

ちなみに貴樹と明里が待ち合わせに選んだ栃木県の岩舟駅は、いまだに3月4日になるとファンが集まるのだという。自分も初めて本作と出会った日から「今年こそは3月4日に聖地巡礼するぞ!」と毎年考えるのだが、タイミングが悪かったり普通に忘れていたりして未だに決行できずにいる。

「あーあ、今年こそは岩舟駅に行きたかったなあ」なんて職場で考えながら忍者めし鋼コーラ味を噛んでいたら奥歯が割れた。




ん?




あ、もっかい言います。




秒速5センチメートルのことを考えながらグミを食べてたら奥歯が割れました。




なして???????




急いで歯医者に電話して金曜日に予約を取ったが、先ほどまでのセンチメンタルな気持ちは一気に消え失せ、ただ過酷な現実だけが目の前にあった。もういやだ。どうして少年と少女が雪夜に感動の再会を果たした日に、大の大人がグミで歯を折って落ち込まないといけないんですか。ねえ、どうして。

俺は折れた歯をティッシュにくるんで捨て、ない奥歯を噛み締めながら仕事に戻った。おい遠野貴樹、手紙が風に飛ばされたぐらいで泣くんじゃねえ。泣きたいのはこっちだ。

いやごめん泣いていいよ。

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