見出し画像

ringsのnoteが始まりました。

まずは、Ambient Jazzの話から 

text by 原 雅明

 突然ですが、僕がレーベル・プロデューサーを務めているringsのnoteを立ち上げることにしました。ringsは音楽レーベルですが、やや特殊なレーベルだと思っています。オリジナルの音源を制作するのではなく、既に作られた音源をリスナーに届ける役割を担うことが主となっているからです。よりダイレクトに音楽をリスナーに伝える、オンラインのデジタル・プラットフォームは増えています。それは、CDやレコードのようなフィジカル・リリースに掛かる手間、時間、お金を削減します。プラスとなることがある一方で、パッケージとしてまとめられた作品から、音だけが抽出されて流通していくことになりました。そうして、作品からふるい落とされてしまうこととなったストーリーや情報を、このnoteを通して伝えることができればと思っています。直接リリースとは関係のない話も登場するかもしれません。いろいろ試行錯誤もしつつ、音だけではなく、テキストでも伝えられることをここでは進めていくつもりです。

 以下は、ネット・ラジオのdublab.jpで、僕がやっている番組“rings radio”の2020年7月22日放送分に連動したテキストです。この日は、アンビエントとジャズをテーマとしたAmbient Jazzという特集でした。2つの親和性の高い(と僕は思っています)ジャンルの狹間から生まれてきた音楽を新旧取り混ぜて紹介していきました。ちょうど、この日、ringsから、弱冠22歳のピアニスト、ジャメル・ディーンのアルバム『Black Space Tapes / Oblivion』がリリースされました。カルロス・ニーニョが共同プロデュースしていて、このアルバムにもアンビエントが潜んでます。

 本編の放送の録音はdublab.jpのMixcloudで聴くことができます(※noteはMixcloudのプレイヤー埋め込みには対応していないようです)。以下のテキストには一応YouTubeの貼り込みがありますが、テキストだけだとレイアウトが味気ないので読んでもらえないかと思い、適当に入れ込んでみただけです(笑)。放送の録音をぜひ聴いて、読んでみてください。


Joe Zawinul / In A Silent Way
『Zawinul』(1971年)
Ambient Jazz特集の出発点はこの曲。マイルス・デイヴィスのアルバム『In A Silent Way』での録音が先でよく知られているが、作曲者のジョー・ザヴィヌル自身のアルバム『Zawinul』でのこの演奏の方がより本質的だ。うっすらと空間を埋めるザヴィヌルのキーボードも、しなやかにメインテーマを吹くアール・タービントンのソプラノ・サックスも、それを支えるウディ・ショウのトランペットも、アンビエンスに溶け込んでいく。

Lennie Tristano / Turkish Mambo
『Lennie Tristano』(1955年)
時代はいきなり1955年に遡る。レニー・トリスターノがオーバーダブで後からピアノを重ねたのは、リズム体がもたつくのを嫌っての手法だと言われているが、この多重録音のピアノ・ソロは、リズム体を排除した上での再構築という、アンビエント的な欲望の始まりだと思う。

Teo Macero / Explorations
『Explorations』(1953年)
こちらは1953年の録音。後にマイルスの録音テープを情け容赦なく切り刻むエンジニアとして有名になったテオ・マセロが、サックス奏者としてチャールズ・ミンガスらと先鋭的なジャズ・コンポーザーズ・ワークショップを主宰していた頃の多重録音。これもアンビエント・ジャズのプロトタイプのひとつ。

Sun Ra / Journey Among Stars
『Cosmos』(1976年)
サン・ラーがこの曲で弾いているのは、ロックシコードと呼ばれたエレクトリック・ハープシコードというもの。電気的に変調された独特の浮遊感のある音色をサン・ラーは好んでいて、この時期よく演奏していた。ロックシコードと他の楽器との音の遠近法がアンビエント空間を作り出している。

The 360 Degree Music Experience / In: Sanity Suite - Part II - Tm's Top
『In: Sanity』(1976年)
フリー・ジャズのムーヴメントを推進していたドラマーのビーバー・ハリスとピアニストのデイヴ・バレルが中心となり、伝統的なジャズや周辺音楽との繋がりを再確認するプロジェクトが、この360度音楽経験楽団。フリー・ジャズの集団即興を経た上での、複層的で中心を欠いた演奏はアンビエントにも繋がっていることを感じさせる。

Oregon / House of Wax
『Roots In The Sky』(1978年)
ポール・ウィンター・コンソートのメンバーだったラルフ・タウナー、ポール・マキャンドルス、グレン・ムーア、コリン・ウォルコットによって結成されたオレゴンは、アメリカン・ルーツ・ミュージックとジャズ、アンビエント、ニューエイジの繋がりを体現したグループ。テクニカルな側面よりも、空間とメロディックな構造を尊重した演奏は、他のフュージョン・グループと一線を画した。

Barre Phillips / Part I
『Journal Violone II』(1980年)
カリフォルニア生まれながら、早くにヨーロッパに渡ったバール・フィリップスは、即興のベースソロ『Journal Violone』や4人のベーシストだけで作った『For All It Is』など、ベースという楽器の可能性を探る即興演奏に力を注いだが、長年活動を共にしてきたUKのサックス奏者ジョン・サーマン、ラドビア系アメリカ人シンガー、アイナ・ケマニスと録音した本作は、解放された響きの追求が素晴らしい空間を創出している。

Gil Melle / Bird Of Paradise
『Mindscape』(1989年)
ギル・メレは、アルフレッド・ライオンに認められてBlue Noteと契約した最初の白人のサックス奏者であり、映画やテレビドラマの作曲家であり、画家であり、エレクトロニック・ミュージックのパイオニアの一人でもある。これは最後にBlue Noteに迎えられて制作された希有なアンビエント・ジャズ作。自らの活動を振り返り、メレは「誰も僕が何をしているのか理解していなかった」という言葉を残している。

Jon Hassell / Fearless
『Fearless』(2020年)
カールハインツ・シュトックハウゼンの元で働いていたジョン・ハッセルは、テリー・ライリーらとインドで出会ったヒンドゥスターニー音楽のマスター、プラン・ナートの歌を模倣するためにトランペットを演奏し始め、やがて音響処理されたトランペットで唯一無二の響きを獲得した。ライヴの断片をサンプリング、ループ、オーバーダブして、絵画的に音を重ねていくハッセルの手法はいまも更に研ぎ澄まされている。

Jan Jelinek / Moire (Strings)
『Loop-Finding-Jazz-Records』(2001年)
ジャズの断片を切り刻み、ミニマルなハウスのグルーヴに転換しているが、細分化されたサンプルがジャズの痕跡を弄るようにアンビエンスを作っていく。サンプリング・ミュージックの究極のフォルムであり、テクノ/ハウス以降のエレクトロニック・ミュージックにおいて、ジャズを最も革新的に使用した例である。

Floating Points / Precursor
『Elaenia』(2015年)
マンチェスターから登場したフローティング・ポインツことサム・シェパードは、クラシックとジャズのピアノを学び、エレクトロニック・ミュージックへと進んだDJ/プロデューサーであり、神経科学の博士号も持つ。ケニー・ウィーラーのオーケストレーションからも影響を受けた彼の音楽には、ジャズとアンビエントの有機的な繋がりを示唆する曲が多い。

Biosphere / Birds Fly By Flapping Their Wings
『Dropsonde』(2006年)
ノルウェーにおけるアンビエントの第一人者であるバイオスフィアことゲイル・イェンセンは、北欧ジャズのサウンドスケープと呼応するように活動を続けてきた。本作はジャズと、登山家でもあるイェンセン自身によるヒマラヤ山中でのフィールドレコーディングのミックスによって作られた。アンビエントの浮遊感とは異なる、独特の奥行きと疾走感を生み出している。

Alice Coltrane / Ganesha
『Radha-Krsna Nama Sankirtana』(1976年)
ロサンゼルスがアンビエント/ニューエイジ・リヴァイヴァルの中心地となったのは、アリス・コルトレーンの存在が大きい。彼の地に設立されたヴェダンティック・センターで学ぶ生徒たちと作った本作は、ヒンドゥー教の信仰曲を演奏しているが、彼女のオリジナルに転換している。センターに出入りしていたフライング・ロータスの音楽や、カルロス・ニーニョらのジャズ〜アンビエントの源流の1つだ。

Turn On The Sunlight / Passing Rain (feetturningindampsoil REMIX by Carlos Niño & Friends featuring Jamael Dean)
『Warm Waves』(2020年)
ビルド・アン・アークによってLAジャズの新旧世代の橋渡しを果たし、その後はヤソスからニューエイジの再評価へと進んだカルロス・ニーニョがプロデュースするサウンドデザインは、極めてユニークだ。自然音も電子音も即興演奏の断片も、彼の手に掛かると有機的な繋がりが生まれてくる。彼がこの分野の音楽に与えてきた影響は大きい。カルロスとジェシー・ピーターソンによるTOTSは「もしジョン・フェイヒーとブライアン・イーノが出会ったら」という夢想から始まった。

Jamael Dean / Olokun
『Black Space Tapes / Oblivion』(2020年)
カルロス・ニーニョとカマシ・ワシントンが発見した若きジャズ・ピアニスト、ジャメル・ディーン。ホレス・タプスコットのパン・アフリカンズ・ピープルズ・アーケストラに僅か12歳の時に参加した天才肌だ。数式を用いた独自の作曲とアンビエントとビート・ミュージックからの影響が自然に表出される新世代の象徴と言えるミュージシャン。本作でのカルロスのプロデュースも光っている。

濱瀬元彦 Motohiko Hamase / #Notes Of Forestry
『#Notes Of Forestry』(1988年)
80年代以降、日本のジャズ・ミュージシャンの一部は流行のフュージョンではなく、アンビエントやミニマル・ミュージック、さらにはテクノ/ハウスへのアプローチを始めた。海外で再評価される環境音楽に続いて、ベーシスト濱瀬元彦の一連の作品もリイシューされた。本作は尾島由郎の共同プロデュースで制作され、環境音楽としても機能するが、ベースのうねりにはそこからの発展を聴き取ることができる。スイスのレーベルWRWTFWWが3枚組のアナログボックスで再発した。

鈴木良雄 Yoshio Suzuki / Meet Me In The Sheep Meadow
『Morning Picture』(1984年)
菊地雅章のグループなどを経て、渡米してNYで活動していたベーシストの鈴木良雄が、シンセサイザーやドラムマシーンを買い込み、多重録音で制作されたアルバム。結果として環境音楽のシリーズでリリースされたが、それを意図して制作されたものではない。日本的な五音音階の緩やかな移動がアンビエント空間を生み出している。こうした鈴木のフレーズに魅了された一人が、新たなアンビエントの担い手として注目されているLAのプロデューサー/キーボード奏者のジョン・キャロル・カービーだ。

菊地雅章 Masabumi Kikuchi / Aurola
『水 Water』(1989年)
かつて菊地雅章本人にインタビューをする機会があり、多数のシンセサイザーを買い込んで多重録音にのめり込んだ頃の話を少し伺った。そこには電子音そのものへの興味が強くあったように感じられた。これはその頃に立て続けに録音されたアンビエント・シリーズ。ここに表現されている電子音の連なりは、後年にECMからリリースされたピアノ・ソロと繋げて聴くことができる。


原 雅明 / Masaaki Hara
90年代から音楽ジャーナリスト/ライターとして本格的な執筆活動を開始。音楽事務所HEADZの設立と雑誌FADERの創刊、Tortoiseをはじめとする海外アーティストの招聘も手掛けてきた。現在は各種音楽雑誌、ライナーノーツ等に寄稿の傍ら、音楽レーベルringsのプロデューサーとして、新たな潮流となる音楽の紹介に務め、Rei Harakamiの主要アルバムの再発にも携わる。また、Red Bull Music Academyの活動にも長年関わってきた。近年は、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpのディレクターも担当。TRUNK(HOTEL)等のホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。著書『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)ほか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?