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飛行機搭乗15分前にパスポートが無いことに気付いた話


舞台はドイツ、フランクフルト国際空港。8日間のヨーロッパ滞在(一人旅)を経て東京・羽田行きのフライトまで約3時間を残しドイツを出国、セキュリティゲートを通過し空港内を歩いていた。

途中、売店でお土産とおにぎり(具はごましいたけ、そこそこの味だった)、水(600円近くする、さらに硬水なので違和感しかない)を買い搭乗口前の席でネットサーフィンをしながら時間を潰す。今回利用する航空会社はドイツルフトハンザ航空。ドイツ渡航予定日の1週間前に大規模ストライキを起こし、僕の心をより不安にさせた航空会社だ。
どうやらフランクフルト国際空港は一時期大荒れだったようで、フライトの4時間前には手続きを間に合わせないと乗り遅れるなどという噂を真に受け(ソースはTwitter、当然だ)、空港へ向けて朝の4時半に出発したのだが杞憂に終わったらしい。まぁ備えあれば憂い無しだし、別にいいか。

搭乗まであと1時間、ビジネスクラスとプレミアムエコノミークラスにまだ空席があるとのことで、カウンターにて課金すればそれぞれクラスを上げられるぞとのアナウンスがあったが生憎僕はそんなお金(その時持っていたのは約20ユーロ+9000円、当時の為替レートは1ユーロ=143円とか)を持ち合わせているわけでもなく、ただひたすらに搭乗時間を待った。

しばらくして搭乗受付が始まった。僕はもちろんエコノミークラスなので搭乗まで少し待たなければならないが、それでもいよいよ帰国かという気持ちとまだ居たかったという気持ちが混ざったような複雑な気持ちになる。搭乗券はすでにスマホの中に入っており、紙を持つ必要がない。ビバ電子化。

搭乗するにあたってパスポートは必要ない。パスポートが必要な場面は基本的に出入国時だけだ。ただ、日本に帰ったらすぐに検疫、入国審査があるためそのために一応パスポートをどこにしまったか確認しておく。

あれ。

パスポートは基本的に小さなポーチに入れているはずだが、そこに姿は見当たらない。あぁそうか、セキュリティゲートを通過した後、こっちの袋にいれたんだっけと、手提げ袋をごそごそ探してみるが、そこにも姿はない。あれ、あぁそうか、ポケットにでも入れたのかなと全ポケットに手を突っ込んでみるが、そのシルエットを捉えた感覚は無かった。

おかしい。そんなはずはない。
焦ってリュックを下ろし、急いで探す。

皆が飛行機に搭乗するために列をなす中、近くの椅子で荷物をがさがさしながら焦ってパスポートを探す一般男性の姿がそこにはあった。なんと情けないことだろう。搭乗15分前である。飛行機が離陸するのは13時55分。実に13時36分での出来事であった。

勿論、パスポートが無くても飛行機に搭乗はできる(のだろうか)。しかしその後日本に入国できるかどうかは分からない(いやできないだろ)。急いでカウンターに行きパスポートを空港内で無くしてしまったことを告げる。

係員は冷静に私の話を聞いてくれた。どうやら今の僕の状況には2つ問題があるらしい。1つは飛行機に搭乗出来ないかもしれないという事、もう1つは入国できないかもしれないという事。当然と言えば当然か。セキュリティゲートを通過した時にパスポートがあった記憶はあると言うと、今すぐセキュリティゲートに行って確認してこい、離陸5分前には搭乗できなくなるぞと言われ、約8キロのリュックを背負いながら空港内を爆走する。この時13時45分。13時50分までに搭乗口にパスポートと共に戻らない限り搭乗の可能性は危ぶまれるというわけだ。

あぁ僕の体力。搭乗口からセキュリティゲートまでを5分で往復するには残酷的な距離であり、パニクっている僕は体力の配分を考えずにひたすら飛ばし、途中で疲れて歩いてしまった。しかし何とかセキュリティゲートにつき、パスポートは無いかと問うとその場にいた係員は表情を変えず(いや、むしろ冷酷だと感じたけど)、一言 "No"と言い放った。言い方を変えてはみたが答えは同じでありこれ以上食い下がっても時間がない。パスポートは捨て、飛行機に搭乗できることにかけながらカウンターへの往路を爆走する。


あぁ、搭乗に間に合わなかったらどうしよう、確かフランクフルトには日本領事館があったよな、パスポート再発行手続き面倒だな、飛行機の便の振り替え分はやはり僕が負担なのか、お金が無いな(近くのホテルは軒並み200ユーロ以上)、空港内に泊まればいけるか。。。

息が切れならも思考は止まらない。余計に苦しくなっていく。

カウンターが見えてきた。

13時52分。終わった。


女性係員が遠くから僕に声をかけている。

"Mr. KASAHARA, did you find your passport!? (カサハラさん、パスポートは見つかりましたか!?) "

良く通る声だ。周りの視線が僕に集まる。

そんなの気にする余裕もない僕は首を横に振りながら


 "NO!!" と叫んだ。


とりあえずカウンターには着いた。13時53分。飛行機のドアはもう閉まっている時間だ。半ばあきらめながら取り合えず係員の話を聞くことにする。


話を聞くとなんと、まだ搭乗ができるらしい!係員が取り計らってくれたのか、英語の聞き取りミスなのかは分からないがとりあえず日本に行くことはできそうだ。そこからは日本語が通じるしどうにでもなる、そう思いながらチケットをリーダーにかざし、急いで飛行機内へと走っていく。乗組員に陳謝するとまずは落ち着いてと、息を整える時間をくれた。やはりプロフェッショナルだ。
こうして僕は(無事に?)日本に帰ることができた。

(その後)
日本につくとまずはトイレへ。本当にパスポートが無いかを確認するためだ。飛行機内では目をつぶるたびにパスポートを見た最後の記憶が反芻されていたのが、その中でパスポートについて分かったのは①ポーチには入れた記憶が無い、②袋の方に入れていなければパスポートがある可能性はほとんどない、の2点だ。つまり袋だけを探せばすぐに判断がつく。分かってはいながらもトイレの中で全部探したけど。当然無かった。

検疫は事前にアプリを用いて必要資料を提出していたので問題なく通過、問題は入国審査だ。パスポートを無くした旨を係員に伝えると事務室に行くよう指示される。事務室の前にいた職員の方にパスポートを無くした旨を伝えると事務室の中に行くよう指示される。事務室の中に行きパスポートを無くした旨を伝えるとある男性職員の方が対応してくださった。

書類に必要事項を記入し、とりあえず入国はできそうだ。職員の方に「ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」と謝罪の弁を述べたが職員の方は「いえいえ、こちらこそ長い時間お待たせしてしまい申し訳ございません。大変なのはお客様の方ですから」と言ってくださった(一字一句覚えているわけではないがこのような内容だった)。あぁ、かっこいい。そう思った。


一連の中で多くの人に迷惑をかけた。
パスポートは絶対に無くさない方が良い(当たり前だ)。

この後は失効手続きをして再発行。空港に問い合わせてもいるが未だにメールの返信は来ない。


(さらにその後)
舞台は地元に戻る。帰国して割と時間は経ったが一向にパスポートの行方は知れず、市役所に赴きパスポートを無効にする手続きをしようかと重い腰を上げかけていた(なまけ癖)。

パスポートを更新したのはヨーロッパ渡航2週間前。5年用にしたがそれでも更新するのに1万円以上かかる。再発行手続きも同じ値段だ。あぁなんてお高い私の(元)パスポート…とほほ…この先は特に海外渡航の計画もないし更新は後ででいいかな…とうなだれていた。

その後、失効手続きを行うために市役所に行ったのだが、どうやら証明写真が必要だったらしい。その時持っていなかった私はそのまま帰ることにした(近くでプリントすることもできたが、市役所を訪れた時間が17時前ギリギリだったのでやめておいた)。あぁ、失効手続きはどんどん延びていく…今頃僕のパスポートはどんな悪事に使われているのだろうか…。

その次の日の夜。僕の携帯に知らない番号から着信が入る。今時通話はもっぱらLINEであり、携帯電話番号をあまり使う機会のない私にとっては、知らない番号からの着信というのは恐怖に近い。だけど、まぁ出ることにした。
すると電話の先はなんと在ドイツ国日本大使館。何事か。あなたのパスポートが危険にさらされていますとか言われるのかと勝手に思っていたがどうやら違ったらしい。

僕のパスポートは見つかった。

どうやらフランクフルト国際空港で落としてしまっていたようだ。海外で落とし物をしたら100%返ってこないというバイアスがかかっていた僕からすればその連絡は奇跡に近い。更にこの電話の前日にもし失効手続きが完了していれば、もう何の役にも立たない、小さい薄い本が見つかったという連絡を受けて絶望していたところだ。何たる偶然。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぼう。

僕はその日以来大使館の人たちをヒーローのような眼差しで見ている。気を利かせてパスポート輸送代を持ってくれた職員の方には感謝申し上げたい。本当にヒーローです。
時々そのパスポートを手に持っては、感慨にふけっている。




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