【ジャッジ(批判・非難など)をされるというリスクを取って、声を上げること】
ちょっと NVCフェスのアウトプットを休んでいました。というのは、たくさんの動画公開期限が延長されたら一気に気が緩んでしまい。。笑
人間というのは追い込まれないと動かない怠け者なんだなって。(いや、お前だよ。笑)短い期限をあえて儲けいていたトレーナーたち、あれは意図的だったのかな… あのときはなんでそんな短いんだよぉー!って嘆いていたけれど、、
ということで、今は期限があったことにも、ありがとうの気持ち♡笑
さて、今日は、
アメリカの黒人トレーナーRoxy Manningのセッション。
タイトル:
【Got Privilege? Using privilege for the greater good.
誰もが特権を持っている 〜 特権を活用するために出来ること】
・構造的権力と特権
・科学的・社会的進歩の成果へのアクセス
・ネーミングとブレーミング
・リソースへのアクセス権
・・・・・・・・・・。
久びさに言います。
むぅ〜〜〜ぅぅぅっっっっず。。。
わたし画数が多い漢字、カタカナ、生まれてから実家で出てこなかった単語がたくさん並ぶと、もう脳がますおか岡田状態になるんです。
開始数ページで、一旦床に寝転んで、
「あ“ーーーーーーーーっ!!!」
と叫びました。
息子がビックリしていました。
そして、しばらくレペゼン地球を見て大爆笑。
若い人たちのパワーとエネルギーはあそこに詰まってますね。いやー、パワフル。ありがとう。
いっぱい笑って落ち着いたわたしは(レペゼン地球で落ち着く笑)、友人とやりとりしていて「じゃあ、ロキシーの分のnoteは期待できないの!?楽しみにしてる人が大勢いそうなのに!記憶から抜けていくから助かっている。」と言われ、、、
えぇーーー、、、
じゃあーーー、、、
やろかな♡
となりました。
ハイ、いつまでウダウダしとんねんってね。
もう700字超えちゃったよ。
ヨシ、スイッチオン。
——————————————-
まず、最初にRoxyは、
「わたしはアメリカに住む黒人女性、移民、聴覚障害者といった、複数のアイデンティティを持っています。」
と自身のことを話した。
そして、このNVCグローバルフェスの期間中に起こった、Roxyにとってとても大きな痛みを感じる出来事、黒人男性が警察官に押さえつけられ亡くなったことと、その数日前にNYのセントラルパークで犬の散歩をしていた白人女性が「芝生を掘ってしまうので、犬をリールにつないでくださいね」と声をかけた黒人男性に対して、警察に電話して「黒人に襲われているんです。犬にも暴行を加えています。」と通報したこと(動画に残っているそう)この二つについて話してくれた。
その話をしている時、Roxyは少し微笑んでいたんだけど、
「私はいま微笑んでいますが、その微笑みは、心の痛みからくるものです… 本当に傷心しています…」
と… 眼の奥は悲しみでいっぱいにわたしには見え、とても胸が痛かった…
『なにもしていない黒人を警察に通報してもいいと思う人がいた』ということ。
このような問題が【構造的権力と特権】だと。
それは私たちの多くにとって生と死を意味する。誰かが来て命を奪うかもしれないということだけでなく、
・誰が食べ物にありつけるのか?
・誰が医療を受けることができるのか?
・誰が教育を受けることができるのか?
・誰が生命を維持するために必要なものすべてにアクセスできるのか?
生死に関わる問題なんです、と。
Roxyは学生のころ、警察官に黒人というだけで呼び止められた。身の安全のために警察は頼れる存在なはずなのに… 警察は私をちゃんと私として見てくれているの…?と混乱した、と話してくれた。
これらの出来事を聞くだけで、すべての命が同じように大切にされていない痛みに、わたしの心と身体はギュッと小さくなる。
「私たちは恵まれているよね。」
「日本人に生まれてよかったー。」
と、思うことや感謝ももちろん大切なんだけど、本当にそう思うだけで、それだけでいいのかな…って。
水もある、緑もある、雨も降る、食べ物もある、四季を味わうこともできる、子供も一人で外を出歩ける、夜に一人で街を歩ける、自転車や車、電車や飛行機もある、パスポートは申請さえすれば誰でも手に入る、行こうと思えばどこの国へもいけるし、ビザすらいらない国もたくさんある。
ラッキーだよね、ありがたいよねって。
本当にそうだし、それだけでもいいんだけれど、そんな日本人という私たちだからこそ(こういうのを特権というのかな)、そうじゃない人たちに何かできることがあるんじゃないかって。
それはエゴだとか、偽善者だとか、お前は上からだとか、感じる人たちもいるかもしれない。そう感じるのは、とても自然なことだと思う。
(わたし自身「特権」って言葉は今でも心地のよいものではないし、平和的なNVCの世界観にどっぷり浸かっていたいわたしには、NVCを学ぶ上で出てきた「特権」という言葉に最初は動揺したんです。)
そして、わたしはそう感じる人たちにまた聞きたい。
「エゴ、偽善者、上から、と思うその気持ちが湧き起こってくることは、とても自然で大切なことだとわたしは思っているんです。
きっと心地がよくない思いをされているのかなって。
ただ、そう感じるのはどうしてなのだろう? そう思うあなたの内側にある大切なものをわたしは知りたいんです。
よかったらお話してくれませんか?」
と。
(もっと先に共感のプロセスが必要だと思うのだけれど、ここではそこはおいておきます。)
さらに、こうしてわたしが書くことで、傷つく人たちもいるということにも気づいておきたい。(その話もセッションの後半で出てきた)
日本に生まれて、日本に住んでいたとしても、在日の方や、お金が安定していない方や、教育を受けることが難しかった方、障害を持っている方、心や身体に病気を抱えている方・・・わたしが生きている範囲では、まだ出会ったことがない人たちも、たくさんたくさんたくさんいる。
「お前は海外行ったりアメリカに住んでるくらいやから、そんなこと言えるんやろ?」
「両親もいて困らず生活してきたヤツが偉そうに。」
「良い人ぶって綺麗事言うなよ。」
そんな声も聴こえてくるかもしれない。
でも、耳を塞がずに傾けたい。そうしてわたしが発した言葉によって傷ついてしまう人、インパクトを与えてしまう人がいるということに常に気づいていたい。
(そのときに、わたしではなく、誰か他の方に共感をもらうように伝えることもできる、とRoxyは言っていた。)
Roxyは、声を上げるということはリスクがいくつもあると話していた。
ジャッジ(批判・非難・評価)されるかもしれない。「お前は何もわかっていない」と言われるかもしれない。「自分が注目を浴びたいだけやろ」と思われるかもしれない。
いろんなジャッジへの心配はある。
それでも誰かに立ち上がって、言ってもらいたいし、ジャッジされるというリスクを取ってもらいたいと思っているんです。
「私は裁かれるリスクを負う」ということを。
それが、私の構造的権力と特権を活用する方法の一つです。
——————————————-
今日はこの辺りまでにしておきます。
「ジャッジされるリスクを取ってでも、声を上げる。」
グレタさんを思い出した。
勇気と覚悟とあのエネルギー。
さっきたまたま見ていたレペゼン地球のDJ社長(ココで出てくるの!?)が、
「わざわざネットに飛んできて、批判や非難をする人は、パクチーが嫌いやのにパクチー専門店に来て、まずいねん!ってキレてるヤツと一緒。でも嫌いと言いつつそこにいてるし、食べてるし、お金も払う。嫌いやのに、わざわざきてコメント残してる行為がめちゃくちゃおかしくないですか?」
と、言っていたのをフッと思い出した。
これはYouTubeやネットの話だったんだけど、それに限らず、なんかこうして誰かのやること、言うことに、文句を言う・批判・非難をするという行為は、
本当は、自分の声を聴いて欲しくて、
本当は、見て欲しくて、
本当は、理解して欲しくて、
そして、本当は、相手のことを理解したいのかもしれないなって。
わざわざ嫌いな人のところに来て書き込むそのエネルギーは、そんなニーズが奥にあるんじゃないかなぁって。
だからネットに限らず、あらゆる場面で声を上げることは、非難する人はいるかもしれないけれど、その人たちの言葉の奥にある美しいものを分かち合わせてもらえるギフトなのかもしれない。
そんな風に感じました。
自分の周りにはどんな特権があるだろう?
親/子
上司/部下
先生/生徒
警察/デモ
政府/市民
都会の人/田舎の人
男性/女性
日本人/日本に住む外国人
異性愛者/LGBTQ
監督/演者
DJ社長/仲間たち
その逆のときもあるかもしれない。
意識してみる。
いろんな角度から気づいてみる。
みなさんも自分が置かれる環境で、よかったら考えてみてくださいね。
—————————————-
翻訳PDFの36ページ中、、
まだ5ページ目ですが、、笑笑
このスピードじゃないと、自分に落とし込めないんだよぉーー。。。むずいから。。。ホント。。。
さぁ、Roxyのつづき、明日はつづくのか。
レペゼン地球をはさむのか。
では、また明日。
循環が循環を生むのがすきです。サポートしたいただいた循環を、文字で循環していきます♡