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無人駅の出来事

 最近、思い出したことがある。
 私は中学生の頃、田舎の狭いコミニュティでカースト下位にいた。
 近隣の高校に進学するともれなくカーストの下位のまま動くことなく青春時代を過ごさなくてはならないのだ。
 ということで、私は高校進学にあたってホイホイと近隣市町村の高校の部活のスカウトに乗り、苦労することなく推薦入学を果たしてそのまま近隣市町村の専門学校に進学した。

 土曜の午前中の授業を取った後、友人たちと別れ、JRにのって帰宅する。数少ない友人たちは「これからデートなの。うふふ」といっていたが別段寂しくなんかない。
 JRの車両に揺られて自宅最寄りの駅につく。
 最寄り駅は無人駅だった。
 ホームの向こうには防波堤があり、すぐそばが海だった。
 運転手に定期券を見せてホームに降り立つ。
「あー、りんごじゃん。ひさしぶりぃ」
 後ろからかかった声に振り返ると、中学時代カースト上位にいた”フィッシュボーン”だった。
 中学時代、彼女は「見てぇ?今日の髪かわいいっしょ?フィッシュボーンにしたの」とよくヘアアレンジを自慢していた。
「あー、久しぶりだねぇ」
 彼女の顔を見た瞬間、私はカースト最下層に戻っていた。きれいにメイクした清楚系女子になったはずなのに。中学はもう随分前に卒業したはずなのに。
 彼女はそんな私に気づくことなく横に並び歩き始めた。
「ねぇ、超久しぶりじゃん。今働いてんの?」
「いや、学生やってるよ」
「バイトとかしてんの?」
「通学に時間かかるからバイトなんてできないよー」
「あーそうなんだ」
「今何してんの?」
「アタシ?あそこのさー、あの店でバイトしてんの」
「え、あそこの店にいるの?知らなかっ た」
 彼女は地元チェーン店でバイトしているとのことだった。が。私が知るわけがない。地元の店なんて誰と合うかわからないんだからうろつくわけがないのだ。
 そこで、彼女はとんでもないことを口にした。
「ねぇ、りんごんち行きたいな」
 ……何を言ってるんだこの女は。
 中学時代を忘れたわけじゃない。
 嫌味や悪口、さんざん私のことを馬鹿にして吊し上げてたじゃないか。
 私の家に入るとかまじ無理ホント無理死んでも無理。
 彼女は嫌な笑いを浮かべてこちらを見ている。
 ……まじで本当にどうしても無理。
 だって本当に嫌な笑い方してるもん。
「ごっめーん、部屋散らかってるから」
「え?いいじゃんいいじゃん、入れてよぉ」
「や、本当に散らかっててやばいんだよね」
「散らかっててもアタシ気にしないしぃ」
「あはは、私が気にするわー」
 私はニヤニヤ笑う彼女の来訪を回避することで必死だった。
「ごめんね、本当に今日は無理だから。また今度!」
 えーざんねーん、なんてちっとも残念そうじゃない彼女と駅前の交差点で別れた。

 彼女の姿を見たのはそれが最後だった。
 しばらくして回り回って私の耳に届いた彼女の話は『近所の人の話では夜中にトラックが来て、彼女とその家族はいなくなってしまった』というものだった。
 実際、偶然通りかかった彼女の家は空き家になっていた。
 私は本当に彼女を家に招き入れることなく済んでよかったと胸をなでおろした。
 彼女を家に入れたら家中を馬鹿にしながら金になりそうなものをそっと持ち帰っていただろう。あの嫌な笑顔で。

 当時の記憶には続きがある。
 嫌な記憶と彼女の嫌な笑顔を振り切るように私は自宅へと急いだ。
 息を切らして玄関に飛び込んだ私を見て母は何事かと慌てた。
 私は彼女と会って、彼女がうちに来たいといったことを母に話した。
「林檎に色々話したかったのよ。つれてきたらよかったじゃない」
 本当の敵は娘の心を理解しようとしない母なのかもしれない。

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