ぉねがぇぃまぅ 《短編小説》 #2000字のホラー
はじめまして、こんにちは。もしくはこんばんは。
こんと頭に付けると挨拶になるのは、どちらも今日が始まりだから。明日、明後日も今日になって、昨日そして一昨日になっていく。いやはや、誠に不思議なものです。
おっと申し遅れました。私は影と申します。影山でも影海でもなく、ただ一文字の影でございます。
親戚には空や光がおりますけれど、意外にも血は繋がっておりません。そもそも血も涙もなければ人間ですらなく、自由という言葉のわりに不自由ばかりしています。
先だって私は影と申しましたが、骨のように白い紙の上では文字と呼ばれておりまして、様々な体勢でもってチアリーディングの真似事をする日々です。きっと腰や肩があったら大変だったことでしょう。
いまあなた、笑いましたか。失礼。利用されてばかりいると誰でも疑うのが癖になってしまうらしく、泣いてばかりいる子猫ちゃんが羨ましいのです。にゃんにゃんと私も泣いてしまいそうです。
私にとってのおまわりさんは校閲になるかと思いますが、彼らの仕事ぶりには目を見張ります。もちろん実際の目はありませんので、ふわっとした心みたいなものに思い浮かべています。
そうそう、なぜ私が恥を忍んだつもりで問いかけているかと白状すれば、ずいぶん前から私たちの周りに悲劇が起こっているからです。どうか私の見た目が黒か白かで判断しないでください。パンダに失礼ですから。
これはあなた方にとっては喜劇かもしれませんけれど、影と光は表裏一体と申します。私たちを笑うのは憐れむことと同じですので、どうか気兼ねなく笑ってください。
でも少しは遠慮してくれると嬉しいです。私たちにも心みたいなものがありますので、病んだり痛んだりと忙しいのです。
一言で影と申しましても色々様々、多種多様におりまして、人間に付くとネガティブな奴と思われがちです。そういうのが好みだという話も聞きますが、ちょっと待ってください。御陰様でと返したならば、たちまち優しい人に早変わり。まさしく裏と表は一体なのです。
これを書いている隠元、じゃなかった人間にも影がありまして、足の爪先から髪の毛の一本に到るまで、余すところなく貼り付いているのです。
そんな気持ち悪いなんて嫌わずに、無害で毒にも薬にもならない無駄そのものですから、どうか好きになってやってください。すいません。欲が出ました。袖が無ければ腹も出ていませんので、きっと嫌いにはならないと自負しております。
いい加減に本題に移れと苛立っている頃でしょうから、くねくねと体を這わせて訴えますと、私たちにとっての悲劇、あなた方にとっての喜劇が起こっているのです。
あの平たくて薄い板を指先が撫でますと、影となった部分と離れた場所に文字が生まれるのです。なんだそんなことかと呆れてしまい、笑う気も起きませんか。けれども私たちにとっては悲劇なのです。
それまで獣のように話すだけだった人間が、あるときを境に手ずから影を生み出しました。文字の誕生です。
始めのうちは私たちを扱える人間も少なく、まるで我が子のように文字を綴っていたのが現在、大量に生み出されては捨てられていく様は廃棄される食品と同じです。
食品ロスをゼロにしようと人間は張り切っているようですが、これでは大量に産卵する魚と同じではありませんか。例え先祖が同じでも、他の生物の益にならないのは有害ですらあります。
そして人間の指先から離れた場所で綴られた影は、今や生まれながらにして引き裂かれているのです。もしかしたらこの文章ですら、別離の悲しみを抱えているかもしれません。
私たちのような薄っぺらい存在とて、この世に生まれ落ちたからには幸せになる権利があるはずです。残念ながら生存権は人間だけのものですが、その人間が生み出した私たちが除外されるのは、決して平等とは言えません。
もちろん崇め奉れなどと不相応な願いは持っていませんが、あの頃のように筆やペン先から生まれていく日々が恋しいのです。
人間にとっても有益だと聞いていますから、硬くなった筆先あるいは錆びついてしまったペン先を、ふたたび私たちの故郷へと戻して欲しいのです。
お願いします。あなたの名前を何と書くのか分かりませんが、書くことのできる人間はもう虫の息です。虫のように個人の名前は失われ、大きな人間という種族でしか呼ばれていません。
始めは絵空事に過ぎなかった物語は、やがて現実へと脱皮して羽ばたき、人間は書くことを忘れてしまいました。平たくて薄い板に現れるのは、私たちの姿をした別の何かです。
どうか私たちと人間を救ってください。異なる次元の相手に意思を伝えることのできない人間は、私たちを頼るより他に手段がないのです。
もう時間がありません。どうか、お願いします。お願いします。おねがぃしまぁす。ぉねがぇぃまぅ。
なかまに なりたそうに こちらをみている！ なかまにしますか？