百合姫読切感想・考察集21『着て、交わる』

 ゴールデンウィークの終わりは春の終わり、季節は夏へと向かい始める、最近は梅雨もあるのかないのか曖昧で、日々の暮らしに追われているうちに夏の暑さを迎えているような気がする。
 そういえば、昔は6月1日が衣替えの時期と言われていたけれど、今では5月から、という地域も多いのかもしれない。まだまだ朝夕の肌寒さを感じる日もあるが、そろそろ夏服の準備もしなければいけないな、と思うとある5月の日である。

 と言うわけで、今回は百合姫6月号より、甘崎水菓先生の『着て、交わる』の感想を書いていこうと思う。

あらすじ:従姉の「菫」が久しぶりに家にやってくる日、主人公の「せっちゃん」は菫に早く会いたい一心で急いで家に帰る。


・計算された描き込み

 まず注目すべきは描き込みの配分である。本作は比較的背景が淡々としており、白が目立つページが多いような気がする。しかし、それは決して手抜きなどではなく、むしろ計算されたものであることは疑いようが無い。

 舞台は日本の片田舎、主人公の「せっちゃん」はいかにも清純で素朴といった性質を持つ女子高生。背景を描き込まないことでより主人公の素朴さが強調されたり、表情の変化を印象的に見せている。その一方でラストのせっちゃんと菫のアップシーンでは表情や髪の描き込みが多く、見応えのあるシーンに仕上がっている。

 全体的にブランクを多くすることで、いくつかのシーン、つまり菫が制服を脱いで下着を露わにするシーンの「下着の色」や、本作のキーアイテムである「セーラー服の色」が非常に強調されて、読み手に対してインパクトを与えている。特に菫の制服を脱ぐシーンは、前半のハイライトとも言うべきシーン。前ページのコマ割りが大から小へと展開し注意を惹きつけた所でページを捲ると、1ページ丸ごと使った菫の下着姿が目に入る。セーラー服の下に隠された従姉の秘密を見てしまったかのような、従姉への憧れに何か別の感情が混じるような、せっちゃんの心情にとっても非常に重要なシーンを、ブランクと下着の色で上手く表現している。

 ちなみに、菫という名前から、下着の色やリボンの色が菫色に自然と想起される人もいそうだが、その辺も狙っているのかもしれない。色のイメージ的にも合うしね。

・方言を上手く利用した区別

 本作の特徴の一つに、方言の使用がある。多分関西圏のものだと思うのだが、その中でも、菫の「かわええ」という言葉に注目したい。

 本作で菫の「かわええ」という言葉が出てくるのは3箇所。せっちゃんのブラを見たシーンと、制服を交換した後のシーン、そして恥じらうせっちゃんに対してのラストシーンである。しかし、菫は別に1箇所「可愛い」という言葉を使っている。それはせっちゃんの部屋に入るシーンで、飾ってあるぬいぐるみに対して「可愛い」という感想を口にしているのだが、これは一般的な「可愛い」と、せっちゃんに対しての感情である「かわええ」を区別していることに他ならない。

 「かわええ」を使っている3つのシーンについても強弱をつけている。最初のシーンについては「ブラ」について言及しているように見えつつも、「ウチもおそろで買おかな」というセリフを付けることで、せっちゃんへの愛情を端的に示している。2つ目のシーンでは「セーラー『も』かわええやないの」と、普段から可愛いけれども、というだいぶ分かりやすい発言になり、3つ目のシーンでは「かわええね、せっちゃん」とド直球の言葉に変化している。このストーリーの進行につれて「かわええの強弱」がついているのが面白い。

・菫視点で見ても面白い百合

 せっちゃんが菫のことを「綺麗で憧れで」と言っているように、近いけど遠い存在のように思っていた従姉との関係、そして認識の変化を描いた本作であるが、菫視点から見るとまた面白い百合になっている。

 作中での「かわええ」の流れは、従姉である菫がせっちゃんのことをからかっているようにも見える。制服を交換するのにいきなり脱ぎ出すのも、制服の匂いを嗅ぐのも、セーラーもかわええというセリフを使うのも、せっちゃんが自分のことを慕っているのを分かっているからこその「からかい」だったのではないか。そして、それはせっちゃんの「かわええ」姿が見たかったが故の行動だったのではないか。しかし、中々せっちゃんが意図を汲んでくれないために最後は直球をぶつけに行った、ということである。

 せっちゃんの「うちさっき走ってしもたけ」というセリフに対応して「どうして走ったりしたん?」という終盤のシーンに続くように見えるが、菫は冒頭の、せっちゃんが息を切らして入ってきた姿を見て、「私に会いたかったんだな」と察していたように思う。ラストシーンの笑顔は、せっちゃんが菫に会いたかったことへの喜びではなく、会いたかったということを素直に言ってくれたということへの喜びなのかもしれない。

・終わりに

 6月号は読切が多く、非常に読み応えのある一冊に仕上がっていた。その中でも本作は構成やデザイン、百合の出来について全体的にレベルの高さを感じた。高校生の従姉に向ける感情の曖昧さ、制服の交換というイベントを利用した主人公の心情の整理を分かりやすく描けていたと感じたし、最後のページで顔を描かない所も、触れ合っている菫の手の感触だけが伝わってくる感があって凄く良かった。

 というわけで、もう7月号も発売されるところではあるが、なんとか感想を投稿できて良かったです。駄文失礼しました

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