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声を出さずにニャーと鳴く #8 虹を生み出す男

「おーい、梵太郎。ぼーん、ぼんちゃーん、ぼんくーん、どこー?」

主が我が輩を「梵太郎」以外で呼ぶ時は、機嫌が良い時である。それに加えて、今までに聞いたことがないような声のトーン。何があったのだろう。お気に入りのロッキングチェアから飛び降り、主の声がする書斎の方へと向かう。が、姿が見えない。

「おっ、梵太郎。来てくれて嬉しいよ。なぁ、聞いてくれよ。今日さ、すごいことがあったんだよ」

書斎の先にあるバスルームに主はいた。半開きになったドアからは湯気が溢れている。左手にはバスタオル、足元には濡れたランニングウェアとシューズ。思い出した。主は1時間ほど前に「身体を動かしてくる」と出かけたのだった。状況から察するに、「ランニング中に雨にうたれて急いで帰ってきた」のだろう。が、機嫌が良いのはなぜだ?とりあえず、身体を拭きながら着替えを探す主の足元に座り、声を出さずにニャーと鳴く。

「ふふふ。いつ見ても可愛いな、梵太郎のサイレントニャーは」

我が輩の可愛さが潤滑油になったのか、いつもより能弁に語り出す主。

「今日の雨は誰にも予想できなかったと思うんだよ。だって家を出る前、雨雲レーダーに”しばらく雨は降りません”と表示されているのを確認してるし。だから、雨が降ってきた時にはすごいムカついたのよ。びしょびしょのランニングシューズって、乾かすの大変なんだから」

『にゃ(シューズの心配をするのが主らしい。〇〇は風邪をひかないというやつか)』

「しかもその雨、最近では1番のゲリラ豪雨だったのよ。雨粒も落下速度も大きいし、直に当たると痛みを感じるくらいの雨なのよ。傘持ってても差せないレベルの雨なのよ。実際、傘を手にして雨宿りしている人がいたのよ」

『にゃ(これは韻を踏んでいるのだろうか。語尾を「のよ」で統一している)』

「でも僕は予定があるからさ。時間にあんまり余裕がないからさ。雨宿りせずに、ゲリラの中を走って帰ってきたのさ。そしたらさ、近所にある長い歩道に差し掛かった時さ、それはあわられたのさ」

『にゃ(今度は「さ」で統一してる。調子良さそうだな。でも、ゲリラ豪雨をゲリラと略すと、意味が変わってしまうぞ)』

「アスファルトがね、なんかずっとキラキラしてるのよ。走ってる僕の周りをずっと。キラキラって言っても、車のオイルが水溜りに落ちた時みたいな感じのやつね。何か変なものでも踏んだかなぁと、立ち止まってシューズの底を確認したんだけど何もついてないのよ。んで、周りを見渡した時に気付いたの。あぁ、これ虹なんだって」

・・・毎度のことであるが、主の話は難しい。

『にゃぁ?(虹ぃ?)』

「そう、虹。雨が降っていたのは局地的だったみたいで、その歩道の近くは晴れていたんだ。ゲリラ豪雨と晴れが隣り合わせ、場所によっては狐の嫁入りぽかったかもしれないね。そして、雨が降る歩道には日の光が差し込んでいた。ゲリラ豪雨✖️日の光✖️アスファルトにできた水溜り✖️僕=虹。しかもその虹、僕を起点に丸く描かれていたんだ。それって、僕が虹を生み出したってことだよね。いつか虹のふもとを見てみたいと思っていたけれども、こうもあっさり、しかも不意に、ふもとを探すのではなく虹を生み出すことでその願いが叶うとは思いもしていなかった。言い伝えでは、虹のふもとには宝物が埋まってるんだって。だとしたら、宝物って僕のことだよね、梵太郎」

・・・日々の言動から想像するに、きっと主は稀有な人間なのだと思う。だとすれば、宝物と認識して良いのではないだろうか。だがしかし、宝物である主の愛猫である我が輩は、もっと宝物ではないのだろうか。今日も長い話を聞いてやったのだ。ご褒美に、高級チュールの1本くらい寄こしても良いと思うぞ。

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