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声を出さずにニャーと鳴く #10 夫婦喧嘩はねこも食わない

「なー、梵太郎。”銀のスプーン”のさ、”まぐろ入りかつお”と”ささみ・まぐろ入りかつお”だったらどっちがいい?」

連休最終日は秋晴れ。神無月を間近の控えた夕刻にTシャツ1枚では肌寒かったのか、買い物袋をテーブルに置くなり、両手で反対側の二の腕あたりを擦りながら我が輩に2択を迫る主。

『うぅぅにゃぁぁぁ(うぅぅどっちも食べたいぃぃぃ)』

と悩んでいると、

「ははは。変な声出させちゃったね。梵太郎にとっては究極の2択だったかな。ちょっと待ってね。すぐに用意するから」

そう言うと、”ささみ・まぐろ入りかつお”の封を切った。意見を聞かずとも、我が輩の好みを把握しているようだ。そのさりげなさはモテ男のスキルだと、主は持ち合わせていないスキルだとばかり思っていたが。いやはやわからないものである。

「はいどうぞ。梵太郎、いっぱい食べなされ」

待ってましたと、かぶりつく我が輩。

「ふふふ。いい食べっぷりだね。あっ、そういえば、究極の2択と言えば昔こんなことがあったな」

おやおや、このタイミングでですか。我が輩が”ささみ”と”まぐろ”と”かつお”にガッツいているのに語りますか。しょうがない。ご飯皿から顔をあげ、声を出さずにニャーと鳴く。

「何年か前の話になるんだけどね、泥酔した友達に”今から究極の2択を出すから答えろー”って言われたことがあってね。僕はてっきり、”お金持ちだけど好きじゃない人と結婚するのと、貧乏だけど好きな人結婚するのだったらどっちがいい?”みたいな2択を想像してたんだよ」

『・・・(聞いてるよ。食べながらだから相槌うてないけど)』

「その時は結構飲んでいてね、3軒目でBARに入ったんだよ。おしゃれな感じのBARでさ、カウンターにはいい感じのカップルなんかいてさ、みんな上品に飲んでいるんだよ。それなのにさ、そいつ、”お前さぁー、いっつも小難しいこと言いやがってよー今日はもうそんなことどうでもいいんだよ。こねくり回した意見とか哲学っぽいのとかどうでもいいんだよ。今からよー究極の2択を出すからよー答えろよー感性のままだぞ、感じるまま答えろよー”って大声で絡んできたの」

“感性のまま”辺りで“銀のスプーン”を食べ終わった我が輩。腹八分目といったところか。正直もうちょっと食べたいが、ご飯はもうない。まぁ、良しとするか。さて、主の語りに集中するとしよう。いつもように絶妙なタイミングで相槌を打つ。

『にゃぁ(絡み酒か。大変だな)』

「それでね、”じゃー行くぞ、お前さー、・・・・おっぱいは好きか?”って聞いてきたのよ、半開きの目で僕の目を見つめてさ。なんで見つめられているのだろう?とか、なんで2択じゃないのだろう?とか、おっぱいの前の間はなんだったんだろう?とか色々思うことはあったけど、とりあえず”ん?”って返したのよ」

『にゃぁ(まさかの下ネタ?)』

「そしたらそいつ、”んん??”って返してくるの。”自分、何か間違ってますか?”って感じの”んん??”で返してくるの。だから気持ち強めに”究極の2択じゃなかったの?もう1択は??”って聞いたのよ。そしたら、”うるせー。好きか嫌いかの2択じゃーぼけぇ”って逆ギレされたんだよ」

『にゃぁ(はぁ)』

「これっていわゆるおっぱい派?おしり派?みたいなやつでしょ?僕はね、そんなことを聞いてくるやつはわかっていないやつだと思うわけよ。許せないわけよ」

『・・・にゃぁ?(はぁ?)』

「青春時代の愛読書がフランス書院だった僕に言わせればだよ。そもそも・・・」

『にゃぁっ!!!(ストップ!!!)』

急に大きな声を出した我が輩に、主はびっくりして語るをやめた。

・・・主よ、気付いていないかもしれないが、主の後ろには奥方がおるぞ。多分今まで話は聞かれていたであろうな。だって顔がひきつっておる。BARの話はまだ良いが、フランス書院はどうだろう。この後にどんな展開が待ってるかはわからぬが、我が輩は知らんぷりじゃ。夫婦喧嘩を食わないのは、犬だけじゃないのだぞ。

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