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人生の転機に思い出すビールジョッキの話

最近思い出した話がある。以前、某飲食チェーンで働いていたとき、上司が私にある質問をしたことだ。

「副店長から店長になったら、何が変わると思う?」

私が店長への昇格人事を頑なに断り続けていたためだろう。

「…別に今と何も変わりません。副店長でも店長でも、私はやるべきことをやって、お客様も部下も幸せになれるお店を創ります」と返した。

すると、上司は「そんな甘いこと言うな」と説教するでもなく、「お前が店長として創る店が見たい」なんて綺麗事を言うでもなく、目の前にある生ビールを指差してこう言った。

「副店長が小ジョッキなら、店長は中ジョッキ。器の違いだ。」

この一言がきっかけで、店長になった私は、苦労も幸せも凝縮された20代を過ごすことができた。

今日は私の人生を変えてくれた「ビールジョッキの話」をしていきたい。

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副店長に上がるまでは、ステップアップすることを楽しめていたけど、いざ「店長をやってみないか」と言われた時、初めてNOと言った。

・マネジメントを学びたい

・経営を肌で感じて知りたい

・憧れの人と一緒に働きたい

という気持ちで始めたフードビジネス業界なのに、日々の忙しさに追われているうちに、店長の声がかかったときには、「もうこれ以上頑張りたくないよ…」と思うようになっていた。

「これ以上がんばったら、自分の時間が奪われちゃう。」(勤務は朝10時〜深夜3時。大好きだった読書の時間は、全て睡眠時間に変わった。)

「店長は管理職だから、残業がつかなくなるよな…」(お店が忙しくて休みなしで働いても、残業代はない。その上、店長は時間帯責任者として昼間のシフトが多く、副店長は深夜シフトが多い。副店長は深夜手当てのおかげで、店長より給与が高い状態だった。)

「だいたい会社は期待するだけしておいて、私の人生がめちゃくちゃになったって、何もしてくれないじゃん。」(恋人ができても、全国転勤が多すぎて3ヶ月も続かない。休みの日もお店から連絡があればすぐに行く。でないと、次の日クレーム対応する方が大変だった。友達も音信不通になった。)

こうして、会社の思うツボになるのが嫌だった。どんどん店長になっていく同期を横目に、「私は店長なんてやらないぞ!!」と逆に気合いを入れていたくらいだった。

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そんなとき、私のモチベーションを心配した上司が、人事異動を組んだ。

食べ放題業態から、高級和食専門店へ。お客様はファミリー層から経営者層に変わった。

メニューも本社で決められたものではなく、自分達で選んで、マルシェや市場に買い出しに行った。もちろん、うまくいかないこともあったが、もともとお酒が好きな私は一緒にお客様の席で飲み、常連さんと仲良くなれることも増えた。

お店を閉めてから、アルバイトや女将、料理人のみんなで飲みに行って、次の日朝8時からみんなで二日酔いのまま働くのも楽しかった。

もっとお客様のために、もっとお店のために、もっと部下やアルバイトのために。気付いたら寝る間も惜しんで働いていた。それが楽しかったから。

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そんな私を見て、上司が聞いてきた。

「なんでそんなに店長やりたくないの?」「副店長から店長になったら、何が変わるの?」そしてお決まりの返事。「何も変わらないから、やりたくない。やる必要がない」と。もはやただの面倒な奴だ。

しかし、その上司は言った。「それは違う。お前はわかってない。いいか、副店長が小ジョッキなら、店長はこの中ジョッキみたいなものだ。小ジョッキも中ジョッキも同じビールで、味は同じ。だけど、中ジョッキのビールを空の小ジョッキに入れると、最後は溢れちゃう。逆に、小ジョッキのビールを空の中ジョッキに入れても、まだまだ入る。店長になるってことは、小ジョッキの仕事をしても、まだ他にもいろんなものを吸収できるってことだぞ。」

お酒のせいでボーッとしている頭でも、自分の中に慢心、意地、くだらないプライドがあったことに気づいた。

「そうか、私は責任をとることを怖がっていただけなんだ…。安全圏内で満足して、自分にはできないと決めつけて、そのくせ、今ある景色に飽きていたんだ。このままじゃ何のためにマネジメントを学んでるかわからない。」

そう思うと焦った。時間を無駄にしてはならない。今のままの私でも、ジョッキを変えるだけで新しい景色が見られるなら、見てみたい!

そして上司のサポートもあって、すぐに店長試験の受験申し込みをした。気合いで合格し、店長を3年経験したことは、今でもやってよかったと思っている。

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自分にはまだこんな仕事は無理かもしれないと思うこともたくさんある。しかし、限界を感じた時がチャンスかもしれない。

だから私も迷った時は「あれ、今もしかして私の小ジョッキは溢れてない?中ジョッキに移るチャンスなんじゃない?」と自分に問いかけて、挑戦を選ぶようにしている。

きっと「器が大きい」と言われる人は、小ジョッキから中ジョッキに何回も挑戦してきたはずだから。

人生の転機に思い出すビールジョッキの話。少しでもキャリアに悩む人の参考になれば幸いに思う。

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