平凡な顔をしたカメ

蕎麦のつけ汁に浮かんだ劣等感を啜りながら、顔を上げる。もっとこうしたい、上手くいかない、そう思いながら交わす会話は回りくどい。枕詞ばかりが増え、口をついて出る言葉、その全てが空虚。身体に残った、数日前のシミが錆びついていくように、細胞を虫が蝕んでいく感覚、駄洒落じゃないよ。努力とは愛することだって教えてくれたのは私の恩師で、バスケのコーチで、大好きな先輩で、その全員に出会ったから生きてるんだと思う。

正面から向き合って愛したいのに、難しいなんて変なこと。無機質なものは愛せる癖に、生身の人間になると屈折するなんて、恋愛感情以外のリスペクトも愛もぜんぶ言葉になればいい。嘘なんて全部海に捨てちゃえ、絵本の端に落書きしたへのへのもへじと、ソファーに座ってラジオ英会話をきいてノートに書き殴ったあの頃がきっと本物で、目に入った優しさが適当な嘘だと気づいた時にはいつも目を逸らして、でも正面から受け止めて、傷つくことも人間の練習だと思うその性格はきっと辞めたくない。元気?げんきだよ、っていう、年賀状みたいなやりとりはもっと絵葉書みたいに自由になればいいし、だから東京タワーを横向きに眺めてみたり、白線をピンクで塗りつぶしてみたり、信号機にウィンクして赤を渡ってみたり、それもご愛嬌みたいな、そんくらい明るい気持ちでふらふら漂っていると、泳いでないけど勝手にどこかに辿り着いてて、生活してないけど勝手に生きてて、でもそれが楽しくて仕方ない、今たぶん、そんな感じ。蛍光灯の灯りはきらい。携帯電話を見てると涙が出てくるのは、涙って感情の生えてるものだけどそうじゃなくて、ただ今見えてる世界が悲しいけど泣けない、それをブルーライトのせいにして横たわっている、そんな日はいつまでもたまにくる。表情のない犬が泣いてるふうに見えたり、元気な声の裏の本心が聞きたくなったり、低い声に安心したり、歩いた帰り道の記憶がなかったり、そうやってカレンダーを見ると明後日になっていて、昨日を生きた自分を振り返ることもない。二秒前の自分にも興味ないし、電車に乗って寝過ごしたら読売ランド前に着いて、夜中に一番辿りつきたくない場所と思いながらタクシーを拾って、ゴミ箱に今日の呟きを捨てる。ペットボトルの水を手に、最近よく水を飲むようになったなあと自分を讃える。何が言いたいかって、今日は幸せだった。どんなに嫌な日もそんなふうに思っている。生きてたいだけだと思う。

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