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[小説]やさしい吸血鬼の作り方1

 曇りのない新雪の上に、真新しい血が花のように散った。
 それが自身の口から吐かれたものだと気づくのに時間がかかる。その事実に自らの肉体の限界を悟る。
 目の前には金色の瞳をした化け物が立っていた。

「くたばれ……っ」

 死にかけの身体で、けれど逃げることも出来ずにミヤマはその化け物を殺そうと手を振り上げる。けれど期待しているような力は入らず、その手は空をもだえるように引っ掻き、彼の頬をかするだけで終わった。
 そのまま地面へと倒れ伏す。
 屈辱だった。
 化け物は少年の姿をしていた。針金のように細い黒髪に人ではあり得ない光を放つ黄金の瞳。白くまだまろい頬についたかすり傷とミヤマの血を無感情に指でなぜた。

「君は強いね」

 なんて嫌みだとミヤマは苦々しく歯がみする。かすり傷ひとつ程度しかつけられず、死に体を晒している人間を捕まえて強いだなどと。
 こんな屈辱は初めてだ。怒りで目の前は真っ赤に染まるのに、身体から次々と血液が流れ出ていくせいで脳は冷えて、その怒りを持続させることすら難しかった。
 化け物が近づく音がする。
 無遠慮に少年の手が肩へとかかり、うつぶせの身体を仰向けにさせられた。
 もう霞んでほとんど何も見えない。けれど最後の呪詛を放つようにミヤマは渾身の力でその相手を睨みつけた。

「このまま死なすのは惜しい」

 その小さな口が開き、そこから牙がのぞく。怖気が走った。
 何が起こるのかを理解したからだ。やめろ、と叫ぶほどの力も払いのける手もなかった。
 彼の吐息が首筋へとかかる。
 つぷり、と音を立てて白い刃が首へと差し込まれた。

「―――――っ!」

 呻く間にも牙は深く深く突き刺さり、血をすする音が続いていた。
 絶望とは裏腹に、ミヤマの瞳には恍惚の光が生まれた。何かが傷口から侵入してくるのがわかった。やがてその瞳が少年と同様の金色の光を放ち、八重歯が鋭く尖る。
 少年が口を離す。
 失いそうな意識の中で、最後の力を振り絞るとミヤマは拳を振り絞って少年の顔を殴りつけた。
 少年の身体が後方へとよろける。
 その隙に身を起こすと不思議と先程よりも軽くなった身体を引きずって、ミヤマは少年から遠ざかろうとした。その身体ががくん、と下に沈む。
 踏み出した先には崖があった。
 もうろうとした意識のまま、ミヤマの身体は吹雪に煽られながら落下していった。
 凍える川の中へと。

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