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[小説]デブでブスの令嬢は英雄に求愛される 第18話

(一体……、なんなのこれは、みっともない)

 しかしパーティー会場である庭園にまで下りてきて、ミリディアはますます眉間の皺を深くした。
 花びらで作られた稚拙な飾りに「おたんじょうびおめでとう」となぜかわざと崩され子どもじみた文字で豪快に書かれた垂れ幕。
 その下ではどじっ子メイドがメインと思しき7段重ねのケーキを隠すためにかけられていた幕をはがすことに盛大に失敗し、生クリームが雪のように飛び散った。
 一番上の段にあったスポンジが弾みでぶっ飛んで空を舞う。
 それがべちゃっ、と地面で無残な殉職を果たしたことに、なぜだか周囲からは拍手喝采があがった。

「な、なんなのこれは、本当に……」
「文字通りの『おたんじょうびかい』です。王女殿下」

 もっともこれは内輪向けのもので観光客用のものはまた別でイベントがありますが、と 背後から予期せぬ返事が返ってきた。それに驚いて振り返り、王女はさらに驚くはめになった。

「貴方、ロザンナ? 大輪の薔薇ロザンナ・シーガルじゃなくて?」
「お久しぶりですわ、殿下」
「貴方……」

 王女は何かを言いよどむと口を閉ざした。しかし再び意を決したのか口を開く。

「貴方、こんな所で一体何をしているの?」

 改めてミリディアはロザンナの姿を見下ろした。黒いエプロンドレスに頭にはホワイトブリム。美しい黒髪を頭の上できっちりと結い上げて、彼女は凜と背筋を伸ばしてお手本のような姿勢で立っていた。
 メイドである。どこからどう見ても。しかしミリディアは彼女がメイドなどをするような身分の人間ではないことを知っていた。

「こんな所とはお言葉ですね。しかし、言い得て妙です」

 ふ、とロザンナはいつも通りに冷静にニヒルな笑みを浮かべて見せた。

「こんな所でわたくしは、侍女を勤めさせていただいております」
「貴方のように優秀な人が何故……」
「何故? それをお聞きになられるのですか?」

 王女は苦虫を噛み潰す。それは口に出すのも本人に言わせるのも躊躇う醜聞であった。

「いいえ、周知の事実だったわね。今のは失言だったわ」
「ええ、殿下もご存じの通り、わたくしは婚約者に捨てられた女。あまつさえ実の妹に婚約者を奪われた女だからですわ」
「………」

 なぜ聞くのかと責めておいて自分で言うのかよと王女の視線は語っていたが、それを口に出すようなことはしなかった。ロザンナはそんなことには我関せずと言わんばかりに淡々と続ける。

「捨てられた所で生きるには困りませんでしたが、さて、どうしようかと周囲を見渡した際にジュリアお嬢様の巨体が目に入り、あんまりに目立つので物珍しさにふらふらとついて行ってしまいまして……」
「そんな理由っ!?」
「ええ、概ねそんな感じです」

 ミリディアは呆気にとられる。

「かつて完全無欠な淑女と謳われた貴方が、そんなまるで空に浮かぶ雲のような生き方をしているなんて……」
「完全無欠……、ええ、そうですね、当時のわたくしは完璧でした」
「……、よっぽどショックだったのね」

 神妙に目を伏せるロザンナに今の自分の状況を思い出し、共感と親近感を覚えてミリディアは再び無遠慮に詮索するような言葉を発した自分を恥じた。そうだ、将来を誓い合った相手に裏切られて傷ついていないはずがないのだ。今の発言は彼女なりの強がり、もしくは周囲に気を遣わせないための配慮なのだろう。

(なんて気丈な人なの……)

 しかししんみりとして目尻に涙を浮かべそうになるミリディアを尻目にロザンナはきょとん、と首をひねった。

「ショック? はて……?」

 その声音は心底心あたりがないかのようであった。
 しばし二人は喧騒の中で見つめ合った。ミリディアの視線の先の瞳は純粋な感情で満ちていた。
 何を言っているのだこいつは、という疑問に。

「婚約者に捨てられたことよ! ショックだったんじゃないの!?」
「ああ、そのことですか、それはまぁ、別に……」
「別に!?」
「まぁ、そうなのね、とは思ったのですが……、いけませんでしょうか?」
「いけないとかそういう問題じゃあ……」
「わたくしは、完璧でしたわ」

 茫洋と空を見つめてロザンナは言う。
 その瞳はミリディアのことを無視して、完全なる回想モードへと突入していた。

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