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[小説]デブでブスの令嬢は英雄に求愛される 第11話

 ぱんぱかぱーん、ぱーぱーぱーぱんぱかぱーん。

 まぬけなラッパの音がする。何故まぬけに聞こえるかというと、それが金属製のものではなく木で作られた玩具のラッパだからである。
 金属製の物とは若干音の響きが異なりくぐもっている。
 それでも周囲は歓声で沸く。ぐるりと大きく道を空けるようにして、レーゼルバール領主邸直下の町の半分ほどの人間と、ついでに牛と豚と鶏が何故だかその周囲にさらに集まり賑やかにしていた。彼らが見つめる先にいるのは当然、レーゼルバールの領主ジュリア・レーゼルバール。そしてその隣にはハゲたおっさんことカークス・アイルーンが並ぶようにして立っていた。

「一体なんだというんだ! これは!」
「ああら、見てわからない? 果たし合いよ!」
「果たし合いだと! 一体どこがだ!」
「あの辺とこの辺がよ! よく見なさいな」
「剣の一つも無いでは無いか!」
「剣なんてそんな野蛮な物は使わないわぁ。使うのは身体よ!」

 そう言って胸をはるジュリアの身体には赤い浮き輪が装着されていた。身に纏うのは体のラインをなるべく隠すようなデザインの水着だ。そうして遥か前方の湖の中央には様々な種類のパンが吊された木で出来た枠があり、岸辺に立つジュリアとカークスの隣にはゴールテープが準備されていた。
 ジュリアは拳を突き上げて宣言する。

「水上パン食い競争―――!」

 おおおおおおおう! ジュリアの宣言に呼応するように周囲の人々から拳が突き上げられ低い雄叫びが上がった。
 その予定調和の取れたコール&レスポンスにカークスはびくり、と身を震わせる。
 ついて行けていないカークスは置いてけぼりにして、ジュリアはオーディエンスを煽る。

「パンが食いたいかー!」
 おおーう。
「勝負がしたいかー!」
 おおーう。
「勝ちたいかー!」
 おおおおおおおおおおーう!

 拍手が湧き起こったところでジュリアは脇に並べた机で待機している二人を手のひらで差し示した。

「実況! ロザンナ!」

 歓声と拍手が湧き起こり、ロザンナは席を立つと優雅に一礼した。

「審判! ルディ!」

 同様に歓声と拍手が舞い狂う。ルディはどうしたらよいかわからないのか困ったようにおずおずと立ち上がり、軽く引きつった笑顔で会釈をして再び席に戻った。
 それを見届けるとロザンナが再びすっくと立ち上がり、マイクを手にして軽く咳払いを一つした。
 とたんに周囲が静かになる。それを確認すると軽く頷いてから話し出した。

「それではルールを説明させていただきます。今から行われますジュリア様とカークス様の決闘は、パン食い競争でやらせていただきます。あちらの湖にパンをご用意させていただいております。上から吊してありますので伸び上がって口でくわえて取るようにお願い致します。手を使った時点で反則負けになりますのでそちらはご了承ください。パンを取りましたらそれを食べながらすぐさま引き返していただきこちらのゴールテープを切った時点でゴールとなります。なお、パンを食べ終わらないままゴールされた場合も失格負けとなりますので、必ずパンを全て食べ終えて口の中にパンが残っていない状態でゴールをお願い致します。陸上に上がってから食べるのは可、またほんの僅かに歯に挟まっている場合も食べ終えたとして許容させていただきます。なお今回のパン食い競争は両者の膝と腰への負担に配慮させていただき徒競走ではなく水泳で行わせていただき、安全のために浮き輪の着用を義務付けさせていただいております。よろしいでしょうか?」
「かまわないわ」

 ふん、と腕を組んでジュリアは頷いた。その隣でカークスは訳のわからないまま水着に無理やり着替えさせられ青い浮き輪をつけられている。

「いいっ、い、いいわけないだろう!」
「あら? 何故かしら?」
「なぜっ!? 全てが良くないだろうがっ!」
「貴方ねぇ、さっきからこちらは譲歩をしているのよ? 貴方のよくわからない理論を聞いてあげて、きちんと理屈で諭したというのに貴方が納得せずに決闘だのなんだのと喚いたからそれに沿って決闘の手配をしてあげたのじゃないの。これ以上一体なにがご不満?」
「こんなものが決闘なわけあるかっ!?」
「あら貴方、殺し合いがしたいの? 困ったわねぇ、私は淑女だから、剣なんて重たいものを持ったことがないのよ。そうなると代理を立てる必要があるわね。一体誰がいいかしら……?」

 思案するふりをしてジュリアはルディの方をじぃっと見つめた。何故かルディは顔を赤らめてもじもじと恥ずかしそうに身をよじり始める。
 それとは対照的にカークスは顔を青ざめさせた。ようやく自分がどれだけ不利な状況なのかを理解したらしい。彼は権力でも武力でも、今のジュリアには到底叶わないのだ。

「ご納得いただけたかしら? じゃあもう始めてもよろしくて?」

 彼は無言でがくがくと頷いた。
 それにふんっと鼻を鳴らしてジュリアはロザンナに手で合図を送る。ロザンナは頷いて木製の玩具のラッパを構えた。

「それでは準備がよろしいようなので、これからパン食い競争もとい決闘を始めさせていただきたいと思います。ラッパの音でスタートをしてください。皆さん、位置について、用意……」

 ぷぁ~という間抜けな音とともに、二人はスタートダッシュを切った。

 のたのたと二人の人物が湖を泳ぎ始める。のたのたと進んで見えるのはデブとハゲの勝負なのだからご愛敬というものだ。当初は体格的にハゲが優先するかと思われたが、若さと水泳という手段が功を奏したのか意外なほどにデブに勢いがあり、先行して前を進んでいるのはデブの方だった。

「おーと、ジュリア選手! さすが! 食べるのが早い! ついでに泳ぐのもそこそこ早い! 贅肉による浮力はパンを食べるのには有利そうですが水の抵抗は強そうですね。果たして吉と出るのか凶とでるのか。どう思われますか、審判役のルディ様」
「いや、その……、そうだな、頑張ってほしいと思っている」
「コメントありがとうございます。以上、実況席より解説のロザンナと審判のルディ様からでした」

 そんな様子を実況席から望遠鏡も使用しつつロザンナとルディはコメントをした。二人の声はスピーカーを通して周囲へと響いている。それを聞いてこの場に来れなかった人間も楽しめるという仕様となっていた。
 ジュリアがパンを飲み込みながら湖面をばしゃばしゃと荒らしてこちらへと泳いでくる。その様子はまるで溺れる豚だった。本日たまたま来ていた水着がピンクに近い柔らかなオレンジ色なだけになおさら豚感が増している。鼻息荒くゴールへと直進する豚の背後には、ひょろひょろとパンを必死に咀嚼しながら犬かきをするバーコードハゲの姿も見えた。
 美しい翡翠色の湖で優雅に羽を休めている白鳥たちを尻目に汗をまき散らしながら必死の形相の豚とハゲが泳ぐ。

「地獄絵図ですね」
「…………」

 冷静に断じるロザンナに、残念ながらルディは返す言葉を持っていなかった。ただ遠くを見つめて精神を研いでいる。

「ふんぬぉあっ」

 謎の奇声とともにゴールテープを切ったのは、やはり我らがジュリア、ピンクの豚だった。

「しょおーりっ!!」

 仁王立ちで宣言するジュリアに周囲は気を取り直して歓声を上げる。あらかじめ用意していた色とりどりの花びらをジュリアへとかけ、赤いビロードのマントの代わりにふかふかのタオルがその肩に掛けられた。そうして数字の1が描かれた旗を手渡される。
 それをジュリアが堂々と掲げると再び高い歓声が上がった。
 完全なる茶番である。

「優勝したジュリア様、今のお気持ちをどうぞ」
「とっても良い気分だわ。すがすがしいわね」
「勝因はなんでしょうか?」
「最初のスタートダッシュと咀嚼する顎の筋力、そして飲み込む力ね」
「なるほど、まさしくジュリア様の長所が見事に生かされての勝利ということですね。おおっとここで第2位! 第2位の選手が今まさにゴールへと到達いたしました。周囲の観客から水とタオルが手渡されます。第2位のカークス様、惜しかったですね。今のお気持ちを一言でどうぞ」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 渡されたタオルと水を投げ飛ばして、カークスはぶち切れた。綺麗に整えられていたバーコードが風圧と水と汗に負けてとっちらかっていた。

「おっ、おまっ、おまえらっ、ふざけやがって! 人をこけにするのもいい加減にしろ!!」

 喚くカークスに周囲は距離を開けた。ぜいぜいと肩で息を切らすカークスに周囲とは逆にジュリアは距離を詰めて立つ。

「こけにするとはどういう意味かしら? これは正々堂々とした歴とした勝負よ」
「ど、どこがだ! こんな茶番!」
「ええ、茶番ね。けれど勝負は本物よ? 二人して同時に泳いで私が勝ったの。貴方、勘違いしているようだけど私は貴方と勝負をする必要なんて元々ないのよ。だって私の方が立場が上なのだもの。権力でも武力でも貴方は敵わない。そうして話合いをしても、貴方は納得しない。だから土俵を近づけるために体力勝負にしてあげたのではないの。これほど譲歩をしてあげて、それでもまだ貴方は不満なの? だとしたら貴方の不満を解消する方法など、この世にはもう存在しないわ」
「だ、黙れ! 人の娘を取っておいて……っ」
「お父様!」

 その時民衆の中から美しい栗色の髪をなびかせて一人のメイドが飛び出してきた。アレッタだ。
 彼女は無理矢理力尽くで連れ去られることがないようにと何人かの侍従に護衛されて群衆に紛れていたのだ。

「あたくしは取られたのではありません! あたくしは物ではありません! 自分の意思で出て行ったのです! 自分の意思で、ジュリア様にお願いをして、こちらに身を寄せさせていただいているのです!」

 彼女は美しい青い瞳に涙をにじませながら、訴えた。

「これ以上! この優しい方々にご迷惑をかけるような真似は、どうかおやめになってください!」
「黙れアレッタ!」

 しかしそのか細い声は、すぐに怒声に破られる。

「元はと言えば、貴様! 貴様が恥知らずな真似をしたからこうなっているのだろうが! お前は黙って従っていれば良かったのだ! 迷惑をかけたくないならすぐに戻ればそれで済むのだ!」
「済むわけがないでしょう!」

 カークスの言葉をジュリアがぶった切った。
 短い赤髪は逆上がり、まるで燃えさかる炎のようだった。青い瞳に光が走り、カークスの逃げを許さぬように仁王立ちに立ちふさがる。

「そうして一人に我慢を強いて、負担をさせて! それで貴方はご満悦? ふざけんじゃないわよ!」

 だん、と大地を踏みしめた足が空気を揺らす。ジュリアは吠えた。

「娘の決死の訴えにも耳を貸さないような馬鹿は、頭を冷やして出直しなさい!」

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