「人生は宝クジじゃない」

こんにちは。Rimo合同会社で代表社員をしている相川です。

で書きましたが、今新メンバーとともにピーター・ティールが書いた

の本を読んでます。

この本いくつか重要なフレーズがあるのですが、その中の一つがこの「人生は宝クジじゃない」です。自分が起業した理由や、リーンスタートアップとかいわず計画を立てて事業をする理由、新しいメンバーがうちにきてくれた理由もすべてこの「人生は宝クジじゃない」に関わってると思っているので今日はこの話をします。

違いが少ないところでの競争の虚しさ

この本の著者のティールは、この宝クジ現象を「競争」と紐付けて語っています。序文のほうが短く切り出されていたのでその部分を引用します。

ティールは元々スタンフォード大学のロースクールを出て法曹を目指していたが、狙っていた最高裁判所のポジションが取れず、同じ道で競い合って大量の人が微妙な差で勝ったり負けたりするゲームのむなしさ、リスク/リターンの悪さを痛感したらしい(これは私自身の経験とも被る)。そこで、デリバティブのトレーダーになるのだが、これも実は違いを作り出せない仕事だとティールは考えたようだ。そして最終的には起業家へと大きくキャリアを切り替えていく。

「Zero to One」の序文(著:瀧本哲史)より

これってほんとに自分もそのとおりだと思っていて、

・学生の時の「学生時代最も頑張ったこと」程度を聞かれて採用・不採用が決まることにどれだけの価値があるのか?
・新卒で入った会社も、どの部署・マネージャーの下に入るかで、成果の出しやすさや出世のしやすさが変わって、どれだけが自分の実力なのか?
 (余談: 自分は昇進に関してマネージャー:個人の実力は7:3の認識です)
・課長・部長に抜擢されるのも、実力より、前任者がやめた、新しい部署ができたなどの外部要因がほとんどではないのか?

など、考えれば、「実力主義」「正当な評価制度」の名のもとに多くのことが宝クジとは言わないまでも、「運」の要素が大きすぎることに気づくと思います。

自分がいた会社は、すべてUser Firstと言っていたけれど、Userを見てUserに使われるかを追うより、上司に評価されるかを追ったほうが給料が上がるなぁと明確に感じ取ってしまったときに、転職という結論に至ったな思います。

起業やベンチャー初期メンバーは運の要素が少ない

起業は、君が確実にコントロールできる、何よりも大きな試みだ。起業家は人生の手綱を握るだけでなく、小さくても大切な世界の一部を支配することができる。それは、「偶然」という不公平な暴君を拒絶することから始まる。人生は宝クジじゃない。

「Zero to One」6章:人生は宝クジじゃない より

起業で成功するのは「運」といわれ、実際その「運」の要素もあるとは思います。ただ、何を作るかはもちろん、参入のタイミング、価格設定すべてコントロールしつつ、評価者は使ってくれるユーザーだけ。たとえ成功が運だったとしても、このぐらいの運でついてなかったときは、諦めがつくというものかなと思ってます。

起業した本人だけじゃなく、初期メンバーもそうだと思っていて、給料があがるかや、何に成果を感じられるかも、お客さんが多くお金を払ってくれた、そういった価値があるものや行為を生み出せたことに依存してるはずです。

みんな頑張りましょう!!!


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