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自分が溶けて、世界と一体化してゆく・・・

諸星大二郎、ダリ、スティーブンス、タルコフスキー、バッドの描く幻視空間への誘い

養老孟司「世界と自分が一体化する」

以前に読んだ、解剖学教授・養老孟司著「自分の壁」第一章「自分は矢印に過ぎない」に面白い部分がありました。そこを少し要約してみます;

私たちは、自分のことを形ある固体だと思っているが、脳の中で「自分の領域=空間位置」を決めている部位に損傷を受けると、自分と外界との境界がはっきりしなくなり、からだが液体になったような奇妙な感覚が生じます。

たとえば、目の前に現実に山があり、頭の中にもその山の映像があるとします。そこで、もし自分の空間位置という枠が失われたら、外部であったはずの山と自分は一体化してしまうのです。・・・・世界と自分が一体化するというその状態は、臨死体験にも似て、まわりに敵や異物が一切ない「至福の状態」を感じるのです。

本文ではそのあとに、人間の脳つまり意識が、「ここからここまでが自分だ」と自分の範囲を決めて線引きし、範囲内のものは「えこひいき」して、それからはみ出たものに対してはマイナスの感情を抱くと説明が続きますが、中でも私は、「世界と自分の一体化」という記述にとても魅かれました。

そこで今回は、今まで私に「自分が溶けて、世界と一体化してゆく・・」と感じさせてくれた漫画・絵画・詩・映画・音楽の例をそれぞれ紹介します:

伝説の漫画家:諸星大二郎の短編「生物都市」

突然ある日、村が未知の生命体にすっぽり包まれ、人も物もあらゆるものが融解してゆく。人々は最初、恐怖でパニックになるが、やがて、その生命体と完全に一体化してしまうと・・・


1980年代当時からすでにカルト化されていた漫画家。中でもこの一篇の着想は素晴らしく、「逆ユートピア」を感じます。

天才ダリ : 妻ガラに捧げられた多層空間

シュールレアリスムの代表的天才画家S・ダリには、ガラという年上の妻がいました。ガラはもともとフランスの詩人P・エリュアールの奥さんだったのですが、ダリの妻となると、才能あるダリを世に売り出す努力をします。ダリにとってガラは「美の女神ミューズ=芸術家に霊感を与える女性」だったので、彼女をモチーフにした作品を多く描きます。

ですが、ダリが名声を得るにつれて、ガラは本来の奔放な性格が表れ、ダリのもとを去ります。彼女だけを永遠の女性として愛し続けたかったのだろうダリは、その後、ガラを理想の女神像のように描いた傑作を多く残しました。ここはおそらく、現実の母親を超えて理想化してしまいがちな息子と、同性として対等で冷静に見ようとする娘との違いかもしれませんが・・・。

私は、そんな妻ガラにひたむきな愛を捧げた傾向の作品が、昔からとりわけ好きでした。たとえば、以下に挙げるダリの代表作の一つ「ポルト・リガトの聖母」は、全く異なった別世界が一挙に入り込んだ多層な空間となって見事な調和と美の光景が広がっている、言いかえると、自分と空間の一体化したような、そんなイメージの作品です。


詩人スティーブンス : 宇宙にまで拡がる家

アメリカンの現代詩人W・スティーブンスの詩に、「家は静かそして世界は穏やか」というものがあります。これは、夏の夜に家の中で静かに読書することで精神が高揚し、真理へと到達する人間の意識の流れ、そして人間という存在と世界の融合=一体化を描いている作品だと私には思われます。

家は静か 
そして世界は穏やかだった
本を読みながら 
その人は その本になった

夏の夜に 
本が意識を持ち存在しているようで
家は静か 
そして世界は穏やかだった

言葉は本などそこにないかのように
語られ 本を読む人はページの上に
身を乗り出した・・・
穏やかな世界の中の真理

真理それ自体が夏であり
夜であり
夜遅くに身を乗り出して
読む人なのである

( 国文社発行:W・スティーブンス詩集「場所のない描写」より一部改変して引用 )

ここでは、「家」という最小の空間から、「真理の世界」という最大の宇宙まで、垂直水平に広がる空間イメージを感じます。「家」は物理的な外観のある建物かもしれませんし、精神の宿る心の状態の暗喩かもしれません。

詩人は男性が女性を見つめるようなやり方で世界を見つめる


タルコフスキー : すべてがそこにある奇跡

旧ソ連の映画監督A・タルコフスキーが、イタリアで撮った作品「ノスタルジア」、そのラストシーンは特に有名で、人類の映像遺産とも言うべき傑出した創造物です。
廃墟となった教会の内部には、なぜか小高い丘と懐かしい故郷の家があり、
もう会うこともなくなった家族や愛犬の姿も見えてきます。やがて空よりゆっくりと雪が降り始める・・・そんな幻の光景が映像として展開されます。

1983年作で、今や常套手段化したCGなど一切使用されていないので、すべて本当にロケ地で実寸大に造ったセットです。空間的、視覚的な配置が巧妙になされており、すべてがそこにあることの奇跡と抑えがたいノスタルジーが、一気に、見る側の心に拡がる名シーンでした。

H・バッド : 音で描く部屋

H・バッドといえば、ブライアン・イーノとの共演作「アンビエント・シリーズ」が世界的に有名ですが、彼のソロ・アルバムに「The Room」があります。
エコーのかかったピアノを基調に、さまざまな電子処理音が重なり、軽快なリズム、なじみやすい旋律を排してひたすら暗く静かに心の奥に沈潜下降してゆくような音作りです。それはまるで、ハンディ・カメラで迷路になったいくつもの部屋を巡り撮影してゆくうちに、部屋と自分が融解し合っていくような幻惑感に囚われてしまいます。

Youtube より、stairs という曲を紹介ししておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=RaIVAkZmapc


最後に、自分の作品:

2013年ごろの制作ですが、異質な空間が多層に重なり、この身体とともに拡がってゆく・・・というイメージを描こうとした作品です。

この絵を基にさらに拡大して作ったのが、次の2016年制作で、
60cm x 200cm の超縦長です:

「記憶に耳をすますと 永遠が見えてくる」
when I listen to my memory, I can see the eternity.
created  by  Rilusky E   2016