(20)ラノベ業界浄化計画

ロケット施設の見学を終えたことで、計画の進行度は90%を超えたと言っていい。乗り込むための準備は整った。

まだ残っている仕事はロケット計画の支援活動。ロケットをPRする動画と小説の投稿を続けなければならない。

四日ぶりの学校ということもあって、隼人はメンバーを集めて企画会議を開くことにした。

「二葉島に行っている間にも動画と小説は確認していたけど…それぞれ報告を頼む」

「ええ。カグヤ様の動画はすでに12本投稿していて…再生数も上々。ストックもまだ20本以上あるからその心配もない」

カグヤの宇宙解説講座チャンネルの登録者数は8万人。そのうち4万人が電波による精神操作で作った自演アカウントなので正確な登録者数は4万人ということになる。まだデビューしてから一か月も経ってないところでこの数値は上々と言えるはずだ。

「特に人気の動画は……スペースコロニー、宇宙エレベータ、テラフォーミングといったガジェットの説明ね。逆に宇宙ステーションには水がどれだけあるのか、それをどうやって工面しているのか、というリアル系の解説動画はあまり伸びてない」

「や、や、やっぱり…例の探査機を全10回くらいで解説…し、したいんだけど…」

「最初のうちからそんなシリーズものをやったら新規勢がつかないし、中折れして視聴者が離れるわ。それに大衆受けする題材を扱うのも大事だけど…そればかりだとマンネリ化するからニッチな題材もたまには扱わないと。大切なのは匙加減」

佳奈子が口出しする。暴走しやすい天文オタク四人のブレーキ役として上手く機能しているようだ。

「プランCについてはわかった。それでプランB、小説の方はどうだ?」

春菜は少し苦い顔で報告を始めた。

「ロケットアカデミアはもうじき完結。ランキング1位は獲得したけど…正直言って手ごたえは薄い。あれだけ工作したのにこの程度しか伸びないのかって感じ。もう一つの作品、大正ロケット娘も完成したから終わり次第投稿を始める予定」

「苦戦しているってことだな」

「そう。悔しいけど…これが現実」

春菜はギリっと顔を歪ませた。人気が得られないというのクリエイターにとって何よりもつらい。

「手を打たないとな…カグヤとコラボするってのはどうだ?バーチャルアイドルがおすすめの宇宙ものの小説を紹介するみたいな感じだ」

「それはやめておいた方がいいと思う。さすがにグルなんじゃないかと怪しまれるし…全て仕組みの企業的なマーケティングでした、っていうのは反感を買う可能性がある」

「確かに。そんな例もあったな」

「それで打開策が必要って話になったんだけど…まとまってるの?」

春菜の問いかけに小説制作班がうなずく。その中3人が立ち上がった。

「えー…文芸部の宮下有紀です、これから私が考えた案の発表を始めます。」

3人の中の代表が彼女のようだ。

「春菜の報告の通り、私たちが投稿した小説はあまり伸びていない。あれだけ工作によるバックアップを受けたのに伸びないっていうのはゆゆしき事態…そこで私たち小説班は考え付いたの…私たちの小説を伸ばすための案を!」

有紀はビシっと手を伸ばした。その間に他のメンバーが企画書を配っている。

隼人も企画書を受け取って目を通した。題名には「ラノベ業界浄化計画」と表記してあった。

「ブームは乗るものではない…作るもの…そして壊すものです。プランAで増やしたSNS工作員を利用して今あるブームを壊して、私たちの作品を目立たせるっていう作戦!」

「ブームを壊す?いまの小説のブームと言ったら異世界ものだろうけど…それを壊すってこと?」

「ええ。とはいっても異世界という題材そのものを否定するのは難しい…だからここはピントを絞って、異世界ものでグレーな要素がある作品も多い…それをSNSで徹底的に叩く」

「異世界ものでグレーな要素?思いつくのは…奴隷として扱われている少女を主人公が買い取る展開とか?よくあるパターンだけど…そういう要素がある作品が海外の通販サイトで販売停止になったとか最近聞いたような…」

書店の娘だけあって雫はその手のニュースをしっかりチャッチしているようだ。

「その通り…今は追い風が吹いている。該当する人気の作品をSNSで一斉に叩きましょう!例えば「少女を奴隷として登場させて主人公が買い取る展開は非道徳的だ」とか「ラノベ作家は人権意識が希薄だ」とか…そういう意見を世に広めるの!」

異世界ブームが下火となればそれ以外のジャンルに読者が移って相対的に人気が出るという計算。そのあたりは隼人にも理解出来なくはない。

「異世界だけじゃなく…他にもブームとなっているジャンルはあるわ」

提案者の有紀はヒートアップしているが、対照的に会議室の空気は少し冷め始めた。おそらく本人だけがそれに気づいていないことだろう。

「異世界もの以外のブームだと…歴史上の偉人を女体化したりとか?」

漫画研究会から声が挙がった。

「そう!それよ。そのブームを叩き壊す!歴史上の偉人を女体化したり戦わせたりするなんて不謹慎だって。ましてや胸を強調した服や露出度の高い服を着せるなんて歴史に対する冒涜だって。実際にそういう話って聞いたことない?」

「…伊達政宗が主人公の歴史ドラマで最上義光を悪役として描いたら山形県から苦情が来たってことがあったような…」

演劇部から声が飛ぶ。

「そ、そういうのとはちょっと違うけど…」

「神や悪魔を題材としたゲームでヴィシュヌ…いや…クリシュナを登場させたら「デザインがギャングみたいだ」とインドの人から苦情が来た例とか?」

「そう!それ!そういうの!そういった歴史上の偉人を女体化させた作品を不謹慎だと叩いて悪評を広めるの。そしてブームに終止符を打ちましょう!」

「……気持ちはわからなくもないですけど。歴史上の人物の名前で検索したらHな衣装を着ている女性キャラの画像が出てくるのとかはちょっとイラっとしますし」

報道部からかすかなフォローの声が上がる。それを受けてさらに有紀のボルテージが上がる。

「それだけじゃないわ。萌え系の作品そのものを叩く!」

そう言いながら大きく腕を開いた。感情が動作に出るタイプのようだ。

「これも前例があるでしょう。胸を露骨に強調した作風の漫画を献血のPRに使ったら「性的搾取だ」「環境型セクハラ」だって批判された例。それを再現しましょう。書店に行って平積みされているラノベを撮影して「幼女が露出度の高い服を着ているイラストが表紙の本が子供の目が届くところに置いてあるのは問題だ。ゾーニングを徹底すべき。18歳以上しか入れないコーナーに並べるかビニールで隠すべき」って意見を世に広めるの」

「本だけじゃなくてアニメも同様に工作する。少しでもHな描写があったらBPOに「女性を性的な偶像として扱っている破廉恥な作品。地上波放送にふさわしくない」とか視聴者意見を大量に送るの」

「更に……SNSでもその騒ぎを広める!例えばメイドとか巫女がやたら性的に描かれた作品がよくSNSに投稿されるでしょう。そういった投稿を通報しまくってアカウントを凍結に追い込むの。「#メイドは性的なサービスを行う職業ではありません」とか「#巫女をいやらしく描かないでください」みたいなタグを拡散させましょう」

「もちろんクリエイターの人格を攻撃するような誹謗中傷はNG。そして作品そのものを否定するような言い方もNG。あくまでも求めるのはゾーニング…すみわけよ。Hなラノベは18歳以上の棚に並べなさい…Hなアニメは地上波放送しないで会員制の動画サイトかOVAで公開しなさい…Hな絵はSNSに投稿しないで18歳以上対象の会員制イラスト投稿サイトで公開しなさい…っていう流れを作るの」

「そうやってラノベ業界を浄化しましょう。Hな描写や過激な描写を規制するの。ただエロで釣っただけの作品が売れるなんて本来あってはならないことなんだから」

勢いよく話し続ける有紀に全員が圧倒された。

「…どこまでやるんだ?SNSで数万単位の工作が可能であることを考えれば、通報しまくってアカウントを凍結に追い込むとか…「こんな作品は不健全だ」みたいな意見を拡散しまくってネットニュースで記事になるくらいは出来ると思うが…最終的な着地点はどこなんだ」

隼人にも色々と言いたいことはあるが、まずは話を最後まで聞くべきだと判断して結論を引き出すための質問をした。

「最終的な目標は条例を作ること。ゲーム禁止条例が通ったんだから「性描写の強いラノベ禁止条例」とか、「女子高生や巫女、メイドのHな絵を描いてSNSに投稿する行為禁止条例」とか「歴史上の偉人を女体化した作品禁止条例」とかもありえない話じゃないはず」

「…そうやってラノベ業界からお色気要素が消滅させて…私たちが作ったようなロケットアカデミアのような作品が科学を題材にした作品に相対的にな人気を集めるって流れにつなげるということね」

雫が補足した。

「そういうこと。どうかしら。この案」

「却下だ」

カグヤが口出しした。会議における絶対者である彼女の発言を受けて有紀がすくみ上る。

「…SNSを使うとはいえ、やり方があまりに直接的すぎる。採用できん」

「は、はい…」

会議における絶対者であるカグヤの否定を受けて有紀は一気に消沈した。力ない動作で着席する。

「…お前なりに小説の人気を出そうと考えたプランであることは認める。だが方法は選ばなければならない」

流石にカグヤも言い過ぎたと思ったのかフォローの台詞を付け足した。

彼女自身はただ目的を果たそうとしただけ。強固な目的意識を受け付けられた分、溢れるやる気が行き場を失って暴走してしまったようだ。

「…私もこの計画には反対。「スプラッター描写や性描写が過激すぎるラノベは規制すべき」という意見には一理あるとは思うけど…だからってSNSで晒し上げて叩くようなやり方は間違っていると思う」

春菜がコメントする。追い打ちをかけるような形になったが言わずにはいられなかったようだ。

「…結局…小説はこのまま地道に投稿を続けるしかないか…バーチャルアイドルの方が成功しているから無理して強引な手を取る必要はないし…」

「い、い、いいかな。ちょっと…」

隼人が締めくくろうとしたところで朱里が声を上げた。

「…い、い、今の有紀さんの案をひ、ヒントにして…思いついた案があるんだけど…」

吃音症の彼女はこういった会議の場で話すのが苦手で、発言することは滅多にない。隼人は少し驚いた。

「ど、ど、動画サイトには宇宙や科学技術について…か、解説する動画がたくさん投稿されていて…わ、私たちが投稿しているカグヤ様の動画もその一部だけど…な、な、中には非合法な動画もあるよね」

「非合法の…違法アップロードされている動画ってことか」

「うん。こ、公式チャンネルじゃないアカウントが…無断でドキュメンタリー番組を投稿しているケース…そ、その違法動画を工作員を使って通報しまくって削除に追い込むっていうのはどうかな。そ、そうすればこっちの解説動画の競合相手が減ることになるし…」

「…確かに効果はありそうだな…カグヤ、これはアリか?」

隼人が問いかけた。最終的な決定権は彼女にある。

「…まあいいだろう。それくらいなら許容範囲だ。本来あってはならない違法な動画が削除されるのならな」

自分の案が採用されて朱里は嬉しげだ。

「よし……早速実行するか…違法にアップロードされている動画を探して…見つけ次第通報すること…特にドキュメンタリー…技術解説系の動画を重点的にチェックすること…」

隼人は電波を送った。これでSNS工作員は違法動画監視員としての活動も行うことになる。

「それじゃ…会議は終了だな。それぞれの仕事に戻ろう。プランを考えるのも大事だけど、作品を作らないことには始まらないからな」

全員が立ち上がって会議室を後にする。

「…………」

落ち込んでいた有紀も少し元気を取り戻していた。自分の案が朱里にヒントを与える形となったことで気が楽になったようだ。


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