ぼくらだけのせかい-Twitterお題SS-

お題は『なかったことになんてできっこない・それはまるで淡雪のような・捕まえた、もう君は逃げられない。・割れた鏡・その後の赤ずきん』です
※めちゃくちゃキーワード改変してます※

いつの頃からか、超常的な理由を以て展開をひっくり返して「幸せに暮らしましたとさ」と締めくくる童話の類をあまり好まなくなっていた。確かに物語ではその方が平和だろう。王子様のキスで奇跡的に目覚めた白雪姫は鏡を失った魔女の手に二度とかかることなく王子様と幸せになり、赤ずきんはおばあさん諸共狼の腹から出てきた上で狼を退治して平穏な日常を取り戻す。めでたしめでたしだ。でも僕はそれが好きになれなかった。

これらの物語への好感が減った要因として、恐らく「何らかの行為を完遂せずに慢心した結果に付け込まれて身を滅ぼしている」という側面が見えてしまったことも挙げられる。童話が嫌だとは言ったが人魚姫やマッチ売りの少女などはその限りではない。つまりがところ悲恋が好きなのかも知れないが、僕にとってはひとつの思いを遂げる姿の方が美しく見えるというだけの話だ。なので、ふと考え込んでしまうことがある。

「猟師か魔女が白雪姫を完璧に殺めていたらどうなるのか」
あるいは
「狼がおばあさんと赤ずきんを丸呑みすることなく腹中に収めていたらどうなるのか」

当然の話ではあるが、どの文献にもこのルートは存在しない。物語は伝承の側面もあるため、いずれは結末が捻じ曲がることもあるかも知れない。しかしそれでも、この命題への回答は得られないだろう。確立された平和をなかったことには出来やしないのだ。一抹の悲しさは無限の想像力に変え、思考の隙を無くしていた。


そんな薄暗いことばかり考えている日々に光がさしたのは、彼女と出逢ってからだ。話し始めるようになったきっかけは些細なものだったが、ちらちらと雪が舞う冬の頃だったことだけは覚えている。彼女は僕にとって関わるのも烏滸がましく感じる程の魅力を持つ女性だった。心身が美しく聡明で明るかった。そんな彼女に、恋心を抱くのは自然の摂理と言うものだろう。それを自覚した日から、僕は彼女に全霊をかけて愛を捧げることを決心した。

結果として、彼女は振り向いてくれた。
関係を入念に重ねて祈るように交際を申し込んだ際に頷いてくれた時は何よりも嬉しかった。僕らの思いはひとつだったと実感を持って理解ができた。その後も僕らは愛を育んでいったし、彼女の魅力は留まるところを知らなかった。それどころか、僕からの愛を一心に受ける彼女はいっそう美しくなったようにも思えた。なので僕も、それに応えるように、彼女がいっそう僕を愛してくれるように、ありったけの愛を捧げ続けた。

だと言うのに、急に別れを切り出す君が悪いんだ。

君にこんなにも愛を捧げられるのは僕だけなのに。
僕はこんなにも君を愛しているのに、どうして僕から離れるなんて選択肢が思い浮かぶんだい?

そこで不意に、狼が頭を過ぎった。
彼女はどちらかと言うと白雪姫のような容貌だが、僕の前で精一杯言葉を重ねる彼女を腹中に収める狼の方が状況に一致していた。
そう思うと、決めるまでもなく手が動いた。その場で彼女を殴り倒し、気絶させてもう1つの部屋の片隅に繋いだ。行方を探されるかもしれないが、その時はその時だ。僕にだって考えがある。腹を裂かれて彼女を引きずり出されるような愚かな真似はしない。僕は決めたらやり切るんだ。捕まえたらもう逃がさない。

そう思ってから1週間が経った。彼女の行方不明で世間が大きく騒ぐこともなく、僕は彼女と四六時中共にあるという幸福な時間を過ごしている。
あまり食事を摂ってくれない彼女の頬は痩け、四肢が痩せ細ってきた。淡雪のような透き通った肌色は日差しを受けないためより青白く、どうにも不健康に見えてしまう。明るく溌剌とした彼女がいっとう好きなので、どうにか食事をさせる日々が続く。今日は少し強く言ったら食べてくれた。嬉しい。僕は変わらず愛を捧げているが、彼女の魅力には翳りを感じる。もっと、もっと、彼女を愛して彼女を感じなければ。

食器を片付けている間に、彼女の部屋から大きな音がした。彼女は手足を拘束している。部屋の中を大きく動くことは出来ないはずだ。何故? 何が起きている?
急いで部屋へ戻ると、粉々に割れた姿見の破片に囲まれ、一際大きなそれを手に持っている彼女と目が合った。それ以上近寄ったらこれで死ぬ、と叫ばれた。そんな、こんなに愛してきた彼女が何故自ら僕の前から消える選択肢をとるんだろう? ここは箱庭だし、君は羽をもがれた蝶のようなものなのに。そんな破片で何が出来る?
ゆっくりと彼女に近付く。スリッパを履いていてよかった。破片を踏んでも傷がつかない。ああ、でも彼女の腕や腿にはちいさな傷が付いてしまっている。白い肌にうっすら走る赤が痛々しいがそれはそれで美しい。彼女が変わらず何か叫びながら手を振り回しているが気にしない。手を取り、破片を取り上げ、僕も膝を着く。服越しでも多少痛むが今はそれどころでは無い。

彼女を強く抱きしめる。もう僕の前から消えようなんて思わない程に愛を注ぐ必要がある。ぎゅうぎゅうと音がしそうな程の抱擁と共に、彼女の頭を撫でる。少し髪がぱさついてきた、ケアが必要だ。
彼女はというとそんな僕の行動に硬直しているらしい。確かにこうするのは久しぶりで、愛情表現の重要性を改めて認識する。ここは言葉を重ねるところだろう。抱きしめて頭を撫でたまま、耳元で囁く。
「もう君は逃げられないよ。ずっと一緒にいようね」

ひゅっと彼女の喉が鳴ったのを合図に体を離す。大きく見開かれた目に僕だけが映るこの状況がたまらなく嬉しくて、思わず口付けを交わしてしまった。

あぁ、しあわせだ。