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PTAにも変革の時が来ているように思う

今日は社外立ち寄りもあり、少し出社もゆっくりできました。でも、職場に戻ってからは忙しく、いつも通りの感覚となりました。

さて、……

ネットニュースを眺めると、PTAに関わる記事がチラホラ掲載されている。中には代行サービスを始めた企業があるとの記事もあって、時代は変わったと思う。しかし、PTAの大多数は従来通りの運営を続けているのが実態だろう。

PTA活動に関わり、私の妻は何回か役員をやったことがある。もちろんボランティアであるのだけど、学校の中での子どもの様子を知ることができる点はメリットだと言っていた。

また学校行事などでも、PTA役員の席が設けられる場合があり、各学年の役員同士で席を回し合うことで、係をやりながらも我が子を割と間近で見られるような配慮が行われることもあったようだ。コロナ禍前までの話であるが。

今は、コロナ禍によって学校行事も減少したため、この点はあまりメリットではなくなってしまった。

昔と異なって共働きの人も増えた。そのためPTAの役員になるのが物理的に無理という方も多い。正当な理由があれば免除されるようだけど、それでも、育児を大切に思っている親であってもPTAに対する忌避感が強いのはなぜだろうか。

私見だけど、PTAの母集団がどのような人達で構成されているかを考えれば理由は明白だと思う。たまたま近所に住んでいて、子どもが同じ学校に通い、同じクラスになっただけの共通項しかないというのがあると思う。

もし、昔からの仲良しグループだったとしたら、PTA活動がニュース記事ネタにされることもないだろう。淡々と話して「じゃあ、やっとくよ」「よろしく」くらいで大抵のことは流れていくはず。

しかし、そうではない母集団では、どのような人となりなのかも分からないのに一緒に作業をしなければならない。共通の思い出も経験もないところからのスタートはキツいと思う。

加えて、恐らく学年が上がって別のクラスになれば、もう会うこともない場合もある。ご近所さんの1人でしかない関係に戻ってしまう。申し訳ないけど、発展性のないお付き合いである。

特にベルマーク委員は細かい作業が多くて、神経がすり切れそうだと言う人もいる。仕事ならまだ割り切れるけれど、このような労働に近いものでも無償である。

こういうものが、戦後の教育の民主化の一環として始まって、それ以降ほぼ原始的なスタイルを保ってきたことは、ある意味不思議だと思わねばならない。だからこそ、今になっていろいろな試みが行われるようになってきたのだろう。

昼間に学校に集まらなければならないことで共働きの人が参加できないなら、終業後にやれば良いと発想を切り替えた例もあるし、そもそも集まらなくてもできることを増やした例もある。

特にコロナ禍なのだから、PTAも従来通りではなく状況を逆手にとって改善していくことが大事ではなかろうか。

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