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デート代、「男性が奢って」のこじらせをオジさん的に考えてみた

少し春めいた気がします。でも、明日からまた寒くなるようです。これからはそういう寒暖を繰り返していくのでしょう。

さて、……

某セクシー女優の表題発言がネット上で議論を呼んでいるらしい。まともに読んだわけではないけれど、両サイドの議論で交わるところはなさそうである。

私は昭和生まれの古い世代なので、男子たるものそれくらいの負担を厭うようではとても先には進めないという価値観を持っている。でも、それが古い考え方であることも理解しているつもり。

この問題は、何重にもこじらせていると思っているので、一つずつ順を追って私見を述べてみたい。

まず、多くの野生動物は雌をめぐって雄同士が争う。多くの場合は決闘となる。それに勝ったものは生命力の強さも示し、結果として雌を得る。雌も、それをヨシとしている場合が多い。

この手の話はNHKの「ダーウィンが来た!」を見ていればいくらでも出てくるので、まず間違いないところ。

ただ、だから男が奢るべきという結論に行くのは短絡的である。というのは、人間が野生動物と同じ行動様式でよいのか、という論点をクリアしなければならないからだ。

同じでよいならば「そうすべき」で終わりである。でも、万物の霊長たる人間が他の野生動物と同じでよいのかについてはしっかり考えるべきであろう。ここでは、あるべき姿と現実の姿をキチンと踏まえねばならない。

あるべき姿で言えば、男女ともに自由意思に基づいて行動すべきであることになる。従って二人がどう振る舞うかも各自の自由意思に基づくが、合わない場合は両者の「話し合い」で決すべきということになる。

ここで、女性は男が負担すべき事由をキチンと述べねばならない。器の大きさとか甲斐性といったどこかの誰かの価値観に乗っかるのではなく、自分の言葉で伝えることが大切で、その話し合いの結果に基づいて行動すべきであろう。

……とは思う一方、その際には大抵の場合現実を考慮しなければならない。

男女同権や女性活躍の掛け声は大きい。しかしながら、そうなっていない現実がある。娘を育てる身としては女性が割を食っている現実をヨシとはしないが、その現実から目を背けて理想だけ語っても仕方がないと思う。

持てる者と持たない者がいる場合、時を共有するにあたりどちらがその費用を負担すべきか。100と0で良いのかはあるものの、持てる者の方が多くを負担すべきだと私は考える。

これは、野生動物の行動様式ではなく、人間としての価値判断に従ったものである。だから基本は男性が負担すべきである一方、女性が持てる者である場合は、女性が負担すべきだと考える。

もちろん、これは半世紀以上生きたオジさんの一意見に過ぎず、汎用性のあるものではない。それでも、一つの考え方としては成り立つと考えている。

なお、一時のお付き合いで済ませるのであればともかく、将来にわたって一緒に過ごしたいと考えているならば、お互いの考えをはばかることなく言い合える関係こそが大事である。それができない人との生活は、いずれ破綻する。

異なる考え方を理解しつつ、それでも自分が納得いかないと述べられる関係であれば、多分一緒に生きていける。少なくとも決定的な亀裂は避けられる。私はそう思う。

お読み頂き、ありがとうございました。

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