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「セクシー田中さん」の日本テレビの調査報告書に関わり一通り読み終わって思ったこと

今日は、基本的に涼しくて晴れた一日となりました。でも夕方には黒雲が流れてきて、勤務先ではポツポツと雨が降ってきました。幸い家の最寄り駅では降るには至っておらず、無事に帰宅できました。

さて、……。

今回は前回に引き続きの記事となる。前回の記事はこちら。

ちなみに、その前の記事はこちら。

少し気合いを入れて、残りの2/3を読み終えた。読んだけれど、正直「何だかなあ」との思いが強い。

81/93 注釈 制作再度

調査報告書

これ「制作サイド」だよねえ。前回も指摘したのだけど、この調査報告書は校正がキチンとなされていない印象を受ける。やっつけ仕事感がそれだけ増すこと、それが自身の真相究明に対する姿勢を問われることに意識が向かないのだろうか。

それはさて置き、実は残り2/3の方が読みやすかった。主に、本件原作者が脚本家にドラマ化を委ねることを忌避し自ら脚本を書いた経緯、SNS投稿、突然に死んだ事実、そして今後の再発防止に向けた提言等が記載されている。

前回記事みたいに、一つ一つ取り上げることはしないが、これだけは気になった部分だけを厳選して記載する。

67/97 本打ちメンバーが当該原作の設定を変えようと試みたことには、それ相応の議論と積極的な理由があった。

調査報告書

相応の議論と積極的な理由が、この調査報告書のどこに書いてあるのかが分からなかった。86/97 に「(参考)ドラマ化に際して原作からの変更点が生じる理由について」という表とその下の注釈に具体例っぽいものが記載されている。

でもその具体例は、自分が読んで積極的な理由として納得できなかった。かなりの部分で本件原作者の意向通りになったことを踏まえると、本当に変える必要があったのかについての疑問を拭えない。必要と思うなら全力で主張すべきであろう。

そして、原作がまだ完結していない中で、このドラマの9話〜10話にかけての脚本を誰が書くのか、がクローズアップされる。その結末については、既に多くの方がネットで書かれている通りなので、改めて私が触れる必要はないと思う。

ただ、このことがクレジット表示でももめる原因となったことは、今回の調査報告書を読んで初めて知った。放送の終わりに流れる番組のエンドロールって大事なんだなと認識を新たにした。

73/93 9,10 話のクレジット表示について、本件脚本家の名前を「脚本協力」あるいは「監修」等と入れて欲しいとの要望がなされた。
73/93 8 話まで一緒にやってきた脚本家で ある本件脚本家の当該要望には最大限応えたいとの考えを持っており

調査報告書

この感覚、私は正直理解不能。まず、報告書を読む限り9,10 話の脚本は本件原作者が書いた。でも、8話までは脚本家が書いており、それを踏まえて9,10話が書かれていること、また、使われなかったけれど9,10話の脚本案は作ったこと、そのアイデアが一部使われていることがその根拠らしい。

ただ

83/97 自分が9,10話の脚本を書いていない事実を周知する趣旨も合わせて、インスタグラムで投稿を行った

調査報告書

脚本を書いていないのに何らかの形で名前を入れたい。でも、書いていない事実を周知したい、という思考パターンを私は理解できない。これはこの世界で生きている人たち独特のものなのだろうと受け止めるしかない。

強引にまとめに入るけれど、今回の事象は日本テレビのプロデューサーの調整が決定的に足りていないことと、関係者とキチンと契約を結んでいないことに原因があるように感じている。

業界慣行のように流されているのだけど、本来契約を結ぶ前に作業に着手するのはおかしい。作業途中で万一事故などがあったら、誰がどのように責任を取るのだろうか。

また、原作の使用許諾契約の中に、脚本内容のチェックって入っているのだろうか。増して、代案の案出や今回問題となったオリジナルのエンディングストーリー作成は使用許諾の中には含まれないのではないかと思っている。

一つの才能が潰えたことを、心から惜しむ。そして下世話な私は、放送終了まで未契約のままであったとなると、原作使用について日本テレビがお金を払ったのかが気になる。払ったとしたら、何を根拠に?

お読み頂き、ありがとうございました。

読んで頂いただけでも十分嬉しいです。サポートまで頂けたなら、それを資料入手等に充て、更に精進致します。今後ともよろしくお願い申し上げます。