アリスティータイム第一話

あらすじ

 冷血の騎士と呼ばれる北国最強の女騎士団長アリス・H・クラシオンは戦う度に虚しさを感じていた。
彼女は普通の女の子のような生活に憧れを抱いていたのだ。

 騎士を辞めると宣言した彼女は鎧を脱ぎ捨て可愛い服を着て、剣の代わりにティーセットとレジャーシートを持って時間場所構わずティータイムを楽しむ。

第一話本文

〇時刻午後二時。場所は北の国と東の国の国境付近の雪原

戦地である雪原を赤く染める無数の息絶えた横たわる敵国の兵士の屍の中に立ち尽くし、そよ風に髪が揺れる
赤毛が混じった薄紫の長い髪、白色の軽微な鎧、腰に立派な剣、左腕には小振りな盾を携えている女騎士団長アリス・H・クラシオン

アリスのもとへ味方の若い男の新米騎士が走り寄ってきて尊敬の眼差しを向ける

新米騎士「団長! この数の敵を一人で倒すなんて凄いです!」
アリス「……凄い……か……」

アリス・H・クラシオンは浮かない顔をしている。

新米騎士「どうかしましたか?」
アリス「いや、少しばかり虚しく感じてな」
アリス「貴様、歳は?」
新米騎士「今年で十六になります」
アリス「若いな。まぁ私も二十だから若い内に入るのだろうが……。終わらぬ戦争に駆り出され過ぎて歴戦の勇士より場数を踏んでいる始末」
新米騎士「でも、団長のおかげで我が国は落とされずに済んでいるではないですか」
アリス「確かにそうかも知れん。だが、私はもう戦いたくないのだよ」
新米騎士「騎士団長にまでなって戦いたくないって……。では、何故騎士に?」

〇回想 アリスの幼少期

貧しい生活から拾われて育てられる所の回想

アリス(貧しく身寄りもない私は泥水を啜って生き長らえているところを元帥に拾われ育てられた)

〇回想終了

新米騎士「元帥に……」
アリス「元帥は私を騎士にするつもりはなかったらしいが、私は恩返しがしたくて騎士になって功績をあげ続けた」
新米騎士「その結果が騎士団長への昇進と『冷血の騎士』の異名ですか?」

〇回想 無表情で敵を薙ぎ払うシーンと山積みの死体の上に立つ姿のシーン

〇回想終了

アリス「ああ、そうだ。しかし、私は戦い、敵を打ち負かしていく度に虚しくなるのだよ」
新米騎士「功績をあげているのにですか?」
アリス「今になって元帥が私を騎士にしたくなかった意味が分かる。それは私の中にも生まれた気持ちだった」
新米騎士「その気持ちって……?」
アリス「ついてこい。私の戯言を真剣に聞いてくれた貴様には特別に教えてやる」
新米騎士「は、はい!」

〇振り返って歩き始めたアリスについて行く新米騎士。
〇戦地となっている雪原から遠く離れた王都に近い町

戦争なんて無いかのように町は平和で人々もゆったりと過ごしている
キョロキョロしながらアリスの斜め後ろを歩いている新米騎士

新米騎士「団長。ここに何があるんですか?」
アリス「うむ。あそこを見てみろ」

アリスは立ち止まって指をさす

〇アリスの指がさす先に店のテラス席で軽食や飲み物を口にしながら楽しそうに会話をしている女の子達の姿がある

それを見て新米騎士は首を傾げる

新米騎士「普通に軽食を食べながら会話をしている女の子達が何か?」
何か気付いた様な新米騎士
新米騎士「……はっ!」
新米騎士「まさか、敵国のスパイですか!?」

咄嗟に剣を抜き放とうとする男騎士
新米騎士の剣を握っている手を抑えてアリスは瞬時に止める

アリス「待て。あれはスパイではない」
新米騎士「は? では、彼女達は一体……」

剣から手を離して構えを解く

アリス「あの者達を見て何か気付かないか?」

アリスに問われて男騎士は彼女達をじっくり観察する

新米騎士「すみません。どこにでも居るような女の子にしか見えません。特に変わった行動を取っているわけでもないようですし」
アリス「それだ」
新米騎士「は?」
アリス「私はあの者達のように普通の女の子をしたいのだ」
新米騎士「はあ……普通の女の子ですか……」
アリス「おかしいか?」

鋭い目付きで問うアリス
背筋を伸ばして手もピッタリと体に付け、ビシッと姿勢を整えて額から汗を一粒流しながら大きな声で返答する新米騎士

新米騎士「い、いえ! おかしくありません! 団長も女性ですからお茶を嗜むくらいはしてもいいと思います」

ピンッと立つ新米騎士の両肩を笑顔でバシバシと叩くアリス

アリス「そうか! 嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

叩くのを辞めたアリスはニコッと微笑んだ

アリス「よし! 決めた!」
新米騎士「え?」

アリスは装備を外し始める
鎧に脛当て、ガントレットを新米騎士に持たせ、その上に剣と盾を置く

新米騎士「団長……これは?」
アリス「その装備は貴様にやる。私はこの日をもって騎士を辞める。元帥には普通の女の子になったと伝えておいてくれ!」
新米騎士「え? は? えぇえええっ!?」
アリス「じゃあな! 長生きしろよ!」

肌着姿になったアリスは楽しそうに風の如く去っていく
装備を託された新米騎士は呆気にとられて去って行くアリスを呆然と眺める

〇北の国の城、兵士詰所

渋々王都へ帰って元帥へ報告して礼に装備一式をそのまま授かった

〇山奥にひっそりと建つアリスの家、自室

アリスはこの日の為に買っておいた服に着替えて姿見の前でチェック
可愛いフリルワンピース、白いタイツ、リボンが着いたブーツ、赤毛が混じった長くて綺麗な薄紫の髪の左側だけをリボンで結わえている

アリス「ふむ。完璧だ。明日から普通の女の子の生活が始まる。今日は早めに寝て明日に備えよう!」

服一式を整えてトランクケースと共に小さなタンスの上に置く
質素な部屋着でベッドに入って眠る

〇無数の敵兵をアリスが撃破した雪原、先日と同時刻にまた戦いが巻き起こっている

ナレーション「北の兵二千に対し、敵となる東の兵は五百。明らかに敵側が劣勢となる数だが、アリスが抜けた事による指揮と戦力の低下により、北側が押されていた」

〇砲弾や矢が飛び交う雪原

東の国は前衛に近接武器の兵士を置いて後衛の遠距離武器の兵士がそれを放つ戦闘スタイル
北側はその戦闘スタイルに苦戦を強いられて兵士が次々と倒れていく

前線の兵の中にアリスの装備を授かった新米騎士もいて、傷を負い、膝をついて歯を噛み締める

新米騎士「くっ! ここまでか……。団長が居ればこの程度の敵なんてあっという間なのに。俺達は団長が居ないと国を守る事すら出来ないのか」

悔しさに打ちひしがれている新米騎士へ十数本の火矢が飛んでくる

新米騎士「し、しまった!」

足に傷を負っている上に、油断していた新米騎士には火矢を防ぐ間もなく、ただただ現実から目を背けるように目を瞑るしか出来なかった

新米騎士「……あれ? 生き……てる? 確かに矢は俺へ真っ直ぐ飛んできたはず……あ!」

ゆっくりと目を開ける新米騎士
視界には可愛い服を着て全ての火矢を片手に握っているアリスの姿

新米騎士「だ、団長!」
アリス「長生きしろと言っただろ。馬鹿者め」
新米騎士「すみません。団長はどうしてここに? まさか、劣勢な我が国の為に騎士団へ戻ってきてくれたんですか?」
アリス「騎士団へ戻るつもりは微塵もない。私はこの見晴らしが良く、幼き頃から慣れ親しんだ雪原で人生初のティータイムをしにきただけだ」
新米騎士「は? で、でも、今は戦いの真っ只中ですよ?」
アリス「そんなものは知らん。私は好きな時に好きな場所でティータイムをするんだ」

ドヤ顔をするアリス

アリス「普通の女の子のようにな!」
新米騎士(普通の女の子は戦場でお茶しねぇよ……)新米騎士「は、はあ……。では、何故俺を助けてくれたのですか?」
アリス「たまたまだ。湯を沸かすのに火が必要だったのだ。丁度良い所に纏った火矢が飛んできたからそれを取ったら、その矢の向かう先に貴様が居ただけだ」

ガッカリする新米騎士

新米騎士「俺は偶然に助けられたのか……」
アリス「何をションボリしているのだ? 偶然でも命が助かっただけありがたいと思え」
新米騎士「……そうですね。助けて頂いた事、感謝します」
アリス「うむ。では、私はもう少し先でティータイムを楽しむとする。良ければ貴様もどうだ? その足では戦に復帰しても犬死するだけだろ。嫌なら断っても構わんが」

ヨロヨロと立ち上がり敬礼をして返事をする新米騎士

新米騎士「命の恩人である団長の誘いを断るなんてできません! お供します」
アリス「良い返事だ。ついてこい」

〇敵味方問わず屍が転がり、絶え間なく砲弾や矢が飛び交う雪原

涼しい顔で歩むアリスとその後ろを歩く不安しかない新米騎士
暫く歩いて目的のポイントへと到着

アリス「ここだ。この場所でティータイムといこうか」

荷物をリュックとトランクケースを降ろし、持っていた火矢をトランクケースに立て掛け、リュックからレジャーシートと手のひらサイズの鉄製の杭を出したアリスは新米騎士へ突き出す

アリス「おい、これをここへ綺麗に敷け。広げたら風で飛ばないように四隅をこの杭でとめる。分かったか?」
新米騎士「は、はい!」

新米騎士がレジャーシートを設置している間にアリスは火矢を使って焚き火を作り、金属製のポットで湯を沸かす

湯が沸いた所でトランクケースからティーセットを取り出し、ブーツを脱いでレジャーシートの端に綺麗に揃え、シートの中央付近に正座する

アリス「何をしている。いつまでも立っていないで座ったらどうだ」
新米騎士「は、はい。では……失礼します」

足の鎧と靴を脱いでレジャーシートの端に揃えて置いてアリスの対面に正座する新米騎士

戦地の中心で新米騎士と自分の分の紅茶を淹れて優雅にカップを傾けるアリス

カップから口を離したアリスはふにゃふにゃの蕩けた表情をする

アリス「はわわ〜! こ、これが世の女の子達が日々味わっているティータイム。蕩けそぉ〜」

カップとソーサーを持ったままアリスを見て固まる新米騎士

新米騎士(えぇ!? 何事!?)

カップから口を離すと元の表情に戻るアリス

アリス「どうした? 紅茶は苦手か?」
新米騎士「いえ、そういうわけでは……」
新米騎士(さっきのは見間違えか)
アリス「私も今までこういうものに触れていなかったから無知でな。茶屋の店主に進められたこのダージリンとやらを淹れたのだが」
新米騎士「はあ……ダージリンですか」
アリス「ストレートで飲むのが一般的らしいが、進まないようなら砂糖やミルクを入れるといい」
新米騎士「俺はストレートで大丈夫です」
アリス「そうか。私はこう見えても甘党でな。一口目は茶葉を楽しむ為にストレートで飲んだが、やはり甘いのが好みだ」
新米騎士「甘党ですか……」

また一口紅茶を飲んで蕩けた顔をするアリス

アリス「ふにゃあ〜! あまーい! 甘ければ甘いほど良いけど、素材の味を消したら意味が無いからこれくらいが丁度良い〜」

カップから口を離すとまたいつものアリスに戻る

アリス「角砂糖一つくらいが体にも素材にも良い。甘いのが嫌いでなければ貴様も試してみろ」

アリスは新たに紅茶をカップに注いでカップへ角砂糖を一つ入れてティースプーンでゆっくりと掻き混ぜる
砲撃の音に新米騎士が気付く

新米騎士「あっ! 危ないっ!」

砲弾がアリス目掛けて飛んでくる
飛んできた砲弾を視線一つ動かさずティースプーンで受け流し、遥か遠くへ飛ばしたアリスは紅茶を一口飲んで蕩けた顔している

アリス「やっぱり甘いのが一番!」
新米騎士「団長! 後ろ!」

間髪入れずにアリスの背後から斬りかかる敵国の大柄で口周りに無精髭を蓄えた中年の兵士長。
新米騎士は咄嗟にアリスを守ろうとしたが間に合わない

新米騎士(ダメだ、間に合わない)
兵士長「冷血の騎士、討ち取ったり!」
新米騎士「だ、団長!」

振り下ろされた剣がアリスの頭上で粉々に砕け散る

兵士長「冷血の騎士! 貴様、何をした!」

表情が元に戻っていたアリスは目を閉じて一息つき、振り向かずそのままの体勢で背後に立つ兵士長へと話しかける

アリス「何をしたもなにも、ティースプーンで剣の腹を叩いただけだ。冷血の騎士に用があるみたいだが、私はもう騎士ではない。騎士は先日辞めたのだ」
兵士長「ほざけ! 貴様が今、騎士であろうがなかろうが、その首には討ち取るだけの価値があるのだ!」
アリス「はぁ……そういうものなのか。生き難い世の中だな。太刀筋と気迫から察するに貴殿はかの有名な兵士長とみた」
兵士長「如何にも! オレは東の国最強部隊を取り仕切る兵士長だ。先程は遅れをとったが次は確実に貴様の首を取る」
アリス「ティータイムを楽しんでいるだけの女を殺すというのか……」

カップを置いたアリスはトランクケースからもう一つカップを取り出して紅茶を注ぎ、ソーサーにそのカップとティースプーンを置くと、ソーサーごと持って座ったまま後方にいる敵の兵士長へと差し出す

兵士長「これはどういう意味だ」
アリス「意味などないよ。なんと言っても私を討ち取るんだろ? それなら、茶の一つを飲んでからでも遅くはなかろう。なに、私は逃げも隠れもしない。茶を飲み終わったらすぐにでも貴殿と一騎打ちをしてやる」
兵士長「話がわかっておるな。流石は冷血の騎士といったところか」

紅茶を受け取った兵士長はアリスの斜め向かいに腰を下ろし、カップを手に取って中を見つめる

兵士長「毒を仕込んではいないだろうな?」
アリス「そんな小細工はせんよ。ただ、私はティータイムを楽しみたいだけだ」
兵士長「それもそうか。では、貴様の人生最後に淹れた紅茶を頂くとしよう」

ひたすらにお茶を楽しむアリスと斬りかかる隙を窺う新米騎士と殺気を絶やさぬ兵士長が顔を突き合わせてレジャーシートに座っている

兵士長「香りは良いが、ちと渋いな」
アリス「貴殿も甘党か? ここに角砂糖がある。一つずつ入れるのを勧めるぞ」
兵士長「甘党と言う程のものではないが。どれ、物は試しだ。一つ入れてみよう」

角砂糖を入れて溶かした後に、もう一度飲んで驚きと笑顔が混じった顔をする兵士長

兵士長「ほほぅ! これは中々いける! 香りの邪魔をせず、程よい甘さがなんとも良い」
アリス「喜んで貰えてなによりだ。もう一杯どうだ?」

ポットを持ってもう一杯紅茶を勧めるアリス

「有り難く頂こう」

兵士長はおかわりを注いで貰う
その光景を見た新米騎士は怒りを露わにして腰に携えた剣へ手を掛け、抜き放とうとする

新米騎士「なんのつもりだ! お前は敵国の兵士長だろ! 呑気に茶など啜りやがって! 団長が手をかけないなら、俺が斬り伏せてやる!」
アリス「やめろ! 貴様は私のティータイムを台無しにするつもりか?」
新米騎士「い、いえ……そんなつもりは……」

アリスが放った途轍もない殺気と鋭い視線に新米騎士は剣から手を離して座り直し、怒られた子どものようにションボリする

アリス「兵士長殿すまんな。コイツが空気を読めなくて。気分を害しただろ?」

兵士長はアリスの問いに自身の膝を叩いて高らかに笑う

兵士長「はっはっは! 別に構わん! 威勢が良いのは悪い事ではない。若い者はこうでなくては! オレの部下にしたいくらいだ!」

兵士長の言葉にキョトンとする新米騎士

新米騎士「へ?」

兵士長に同調するようにクスリと笑うアリス

アリス「フフ。流石にコイツはやれんよ、期待のエースなのでな。時に兵士長殿。貴殿と茶と会話を交えたのも何かの縁だ。出来れば、またここで貴殿とティータイムを楽しみたいのだが」
兵士長「そうか……」

アリスの提案に表情を曇らせる兵士長
少しの緊迫感に包まれた後、アリスが答えを仰ぐ

アリス「やはりダメか? 貴殿の気持ちが変わっていないなら、私はそれを受け入れて一騎打ちをするぞ」
兵士長「辞めだ、辞めだ! 貴様を討ち取るのも戦争も! 今この時をもって、北の国との戦争からオレの部隊を引き上げさせる」
アリス「良いのか?」
兵士長「ああ。貴様には張り詰めていたものを解きほぐして貰っただけでなく、また貴様とここで茶を飲みたいと思ってしまった。だからオレの部隊には戦争から手を引かせこの地を守らせる」
アリス「それは有り難い。私はもう騎士ではないから、和平交渉はこの新米騎士を使ってやってくれ」
新米騎士「え!? 俺ですか!?」
兵士長「少々早とちりをするが、この若者なら信用に値する。戦地で茶を交わした仲だからな! 頼んだぞ、若者よ!」
新米騎士「は、はあ……」
アリス「話も纏まった事だし、本日のティータイムはお開きにしよう。これから新しい茶葉を買いに行くのでな」

各々がレジャーシートから立ち、仲良く片付けをする

兵士長「今度は違う茶もご馳走してくれ。事前に教えてくれれば茶菓子を用意しておくから」
アリス「了解した。またここで行う時は手紙を送らせて貰うよ、兵士長殿。では、私は失礼する」

帰って行くアリスの背中を見えなくなるまで新米騎士と仲良く並んで見送った兵士長は呟くように話しかけた

兵士長「耳にしていた冷血の騎士とは全く違う印象に驚いたよ」
新米騎士「俺もです。でも、また団長とお茶をしたいと思いました。今度は殺伐としていない場所で」
兵士長「ふっ。そうか。ワシも同意見だ」

○各王城にて新米騎士と兵士長が王へ和平の申し出をする

この後、二人は和平交渉の段取りを決めて互いの国へ戻り王に話を持ちかけ、戦争が終わった

○アリスが自宅で次のティータイムの準備をしている

第二話

第三話


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