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地球外生命体とルームシェアしてみた

「うん?」

いつものように帰宅した私は玄関の前に立っていた「何か」と目が合ってしまった。

「何か」はアルファベットのAをかたどったような水色の体をしていた。人形やぬいぐるみの類のものかと思ったが、それにしては質感がつるつるしている気がする。どうせ近所の酔っ払いがポイ捨てしたものだろうと思いゴミ捨て場までもっていこうと手を伸ばすと、


「何か」の方から歩み寄ってきた。


―――

この「何か」について分かったことがいくつかある。

・「何か」は「クルー」と呼ばれる生き物である
・「クルー」は地球の生き物ではなく、宇宙から落ちてきた生き物である
・「クルー」は人間や地球の動物に敵意を示したり攻撃をすることはない(とされている)
・「クルー」は人間の言葉が理解できる(らしい)
・「クルー」は人間の作業を手伝ってくれる(こともある)

書き出してみるとどうにも歯切れの悪い知見だが、なにしろ地球の生き物ではないため生態が解明されていないのである。
クルーの動作に驚いて思わず家に連れ込んでしまったが(気が動転するとおかしなことをしてしまうものだなあ!)、冷静に考えると謎の生き物を家に置いておくのはまずいと思い色々調べてみた結果が上記の情報である。
とりあえず保健所に相談してみたところ、どうも地球外生命体の扱いについてはガイドが定まっていないらしく現状は引き取れないのことであった。ならばと地元の大学にも連絡してみたものの、近頃方々からひっきりなしに同種の連絡がくるらしく、いっぱいいっぱいだと断られてしまった。

調べた情報をノートにまとめ、机の上にちょこんとたたずむクルーに目を向ける。

「おまえ、なんでうちに来たんだ?」
クルーは体を右に傾ける。きっとこれは人間でいう「首をかしげる」動作なのだろう。彼(彼女なのか?そもそも性別があるかについては情報がなかった)にしても別に狙って私のもとに来たわけではないだろうし、当然の振る舞いではある。

そういえば一つ書き出し忘れていた項目があった。私がペンを握りなおすのと同時に、


ぴょんぴょん、と跳ねてクルーの上に乗っかるオレンジの小さなクルーが視線をよこしてきた。


・クルーにはまれに子連れとおぼしき個体がいる

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―――

クルーの引き取り手がいない以上、私が責任を持って預かるしかない。幸いなことにうちの集合住宅はペット可である。そもそもこの生命体をペットとしてカウントしてよいのかも謎だが。

調べる中でクルーが人間の作業の手伝いをしてくれるという情報を仕入れたこともあり、試しに家事を教えてみることにした。

「この洗剤をキャップの線の所まで入れて、この箱の中に流し込む。そしてフタを閉めてスタートボタンを押すと動き出すんだ。このまま音がするまで待っていればいいよ。ゲームでもしながらまとっか。」

とりあえず洗濯機の回し方を教えてみた。これからお任せできたら楽ができるなあ、などと思いながらリビングに向かい、ゲーム機で有名FPSを起動した。胡坐をかいてコントローラーを持つと、とてとてと歩いてきた水色のクルーが膝の上に、オレンジのクルーがその頭の上にちょこんと乗っかってきた。中々かわいいものだ、と思う自分はかなり適応度が高いクチの人間なのかもしれない。


「そこだ!反応が遅い!じゃあな!!」
おおよそ情操教育に悪そうな発言をしながらバトルロワイアルを進めていると、突然画面が暗転した。画面だけではない。ゲーム機本体や照明も消えてしまったのだ。

「停電?雷もなっていないのに?」
玄関前にあるブレーカーを見に行く。今後のために教えておくね、というと2体のクルーも後をついてきた。
案の定ブレーカーが落ちていた。スイッチを入れると無事照明がついた。洗濯機の電源を入れなおしながら、ゲーム機と洗濯機を同時に動かすだけで落ちることがあるだろうかという点が気になった。まあ集合住宅だしこういうトラブルもあるのだろう。


―――

数日後、洗濯物がたまってきたので満を持してクルーに洗濯をお願いすることにした。水色が器用にも洗濯かごを頭にのせて運搬し、オレンジが先回りしてドアを開ける。息ピッタリの連携は見ていて楽しいものである。


遅い。洗濯機を回すだけで15分は流石にかかりすぎではないか。
洗濯機の使い方が分からずに戸惑っているのかもしれないと思い洗面所に向かうと、

「あれ。なんでだ。」

なぜかドアが開かないのである。元々建付けの悪い扉ではあったが、全くびくともしないことは初めてのことだ。そもそも水回りの換気のために普段開けっ放しの戸が閉まっていること自体おかしな話である。

何度か力をかけて引っ張るとどうにか開けることができた。
ドアの先には洗濯機の前でたたずむ2体のクルーがいた。案の定洗濯機は動いておらず、洗濯物もかごの中にあった。

「ほら、もう一度やり方教えてあげるから一緒にやろっ。」
かごから洗濯物を出し始めると、2体のクルーも洗濯槽に入れる手伝いをしてくれた。オレンジが洗濯物をかごからトスし、水色がヘディングで浴槽に沈める。やはり見事な連係プレーである。

洗濯機のスイッチを入れながらぼんやりと考える。従来の研究ではクルーは人間のタスクに協力的であり物覚えも良いとされていた。だが、どう考えても我が家にいる2体はその情報と食い違う行動をとっている。当然クルーにも個体差があるだろうから一概におかしいとも言えず、ただただモヤモヤだけが溜まっていくのを感じた。



―――

上記の一件からまた日が経ったころ、ニュースサイトにてクルーの特集が組まれているのを見つけた。

「お前たちのことがニュースになってるぞ。」
リビングでボール遊びをしていた2体がとてとてとPCの前にやってくる。
クルーは世の中ですっかりアイドル的な立ち位置を確立したようで、連日のようにどこかではクルーの行動が取り上げられているらしい。
クルーの生態についての説明に動画が付随している記事も多く、動画に映る動く同胞に興奮したのかオレンジのクルーはぴょんぴょん跳ね回っている。水色のクルーはじっと見つめるだけであるあたり、これが大人と子どもの差なのかもしれない。

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いくつかの記事をスクロールしていくうちに、気になるタイトルのリンクを見つけた。


『身近なクルー それは本物?』


反射的にリンクをクリックする。連日の生活の中でたまった懸念がそうさせたのだろう。我が家のクルーは他のクルーに比べて特異な行動が多い気がするのだ。この記事はもしかするとその理由のヒントになるかもしれない。

ブラウザがホワイトアウトし、ページの読み込みが始まる。しかしいつまでたっても読み込みは進まず、しまいにはタイムアウトしてしまった。

「まったく、こんな気になる記事があるのに、ねえ?」
そういいながらテーブルの上を見やると、いつの間にかクルーたちがいない。どこに行ったものかと辺りを見渡すと、無線ルーターの前で何やら作業をしているようだった。どうもケーブルが抜けてしまったことが原因で接続が途切れてしまったらしい。二体でせっせせっせと配線を修理してゆく。なるほど、こういう作業はできるらしい。
配線が直ったところで改めて読み込みをはじめると、今度は画面が暗転してしまった。電源ランプも消えていることから察するに、またブレーカーが上がったようだ。クルーたちもそれに気づいたのか、とてとてと玄関先に向かっていくのだった。


我が家にいる「何か」は本当に「クルー」なのだろうか。「何か」が来てから我が家でおかしなことが頻発しているのはただの偶然なのだろうか。ぶうん、という音を立てながら再起動を始めるPCを見ながら、えもいわれぬ感情に囚われるのだった。


続く?

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