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【教育学論文1】なぜピアラーニングを導入すべきなのか:「質問をしない」児童生徒たち

 複数回に分けて,ピアラーニングの必要性を書き留めておく。今回は,導入として,いかにして児童生徒が教員に「質問をしない」のか,どうすれば児童生徒が教員に「質問をする」のかについて述べておきたい。

 学習内容がわからなかったり,問題が解けなかったりなど自分の力だけではつまずきを解消できない場合に,他者の力を借りて学習を進めていくことがある。このような方略は,学業的援助要請とよばれる。

 Ryan & Shin (2011) は,中学校1年生において,1年間にわたり教師に対して学業的援助要請を行っていた生徒ほど1年生終了時の学業成績が高かったことを報告している [1]。反対に,学業的援助要請を回避していた生徒ほど学業成績が低くなっていたという。しかしながら,一般に(特に日本の)生徒の多くが教員に質問をしないと推察されるので,わが国において学業的援助要請によって学力の向上が成立しにくいのは読者の直感の通りだと思う。

 学習的援助要請は,援助要請が必要かどうかを十分に検討・吟味したうえで答えにいたるまでの考え方やヒントを求める自律的援助要請と,援助要請の必要性について十分に吟味することなく答えや結果を求める依存的援助要請に大別される [2]。先のRyan & Shin (2011)で認められた効果は,自律的援助要請によるものなので,無理に生徒に「質問をしなさい」と働きかけたとしても学習効果が一向に認められない,というわけである。もっと悲惨なケースでは,教師が怒ったり,勉強不足であることを責めたりすると,自律的援助要請の回避に影響するという [3 - 4]。

 では,教師はどうすればいいのか。瀬尾 (2008)は,生徒に考えさせることをあまり促さない教師からの説明を中心とした指導方略である教師主導型指導では,生徒の依存的援助要請と関連してしまうことを示している [2]。そのため,なるべく相互対話型指導によって,生徒の主体的な問題解決や学習を支援していくことが求められるとしている。また,学級の目標というものがしばしば掲げられることがあるが,これが遂行目標志向(テストで良い点をとるなど)であると,援助要請そのものが回避されることにつながる [5]。なので,質問をするためだけの時間を適切にとり,かつ質問することに価値をおくような雰囲気が必要とされる。

 とはいえ,小中学生はそもそも「質問をしない」わけではないようである。実際,中学生においては教師よりも友人への比較的ポジティブな援助要請が認められるので [6],質問すること自体にはさほど消極的ではないのだろう。援助要請の年代的推移でみてみると,小中学生では依存的援助要請は友人に対しておこなわれているが [1, 7],特に中学生では友人に対する依存的援助要請の増加や自律的援助要請の減少が認められるという [1]。なるほど,中学生くらいになると,問題を解くことができないと(あるいは問題を解くことができても面倒なので)いわゆる「宿題みせてくれ」が増えるというのは心当たりがある。

 ここまで概観してきたように,もしかすると教員-生徒の関係性に焦点をあてるだけでなく,生徒-生徒の関係性に焦点をあてることにも教育的示唆が眠っているのかもしれない。学習効果を議論する上では,想像以上に友人関係がカギを握っているといえよう。次回は,自己とピア(生徒)との比較の観点から,ピアラーニングの先行研究をまとめてみたい。


参考文献
中谷 素之・伊藤 祟達 (2013).  ピア・ラーニング ―学び合いの心理学― 金子書房
引用文献
[1]. Ryan, A. M., & Shin, H. (2011). Help-seeking tendencies during early adolescence: An examination of motivational correlates and consequences for achievement. Learning and Instruction, 21(2), 247-256.
[2]. 瀬尾 美紀子 (2008). 学習上の援助要請における教師の役割 教育心理学研究,  56(2), 243-255.
[3]. Newman, R. S., & Goldin, L. (1990). Children's reluctance to seek help with schoolwork. Journal of educational psychology, 82(1), 92.
[4]. Van der Meij, H. (1988). Constraints on question asking in classrooms. Journal of Educational Psychology, 80(3), 401.
[5]. Karabenick, S. A. (2004). Perceived achievement goal structure and college student help seeking. Journal of educational psychology, 96(3), 569. Nelson-
[6]. 野崎 秀正 (2003). 生徒の達成目標志向性とコンピテンスの認知が学業的援助要請に及ぼす影響 教育心理学研究, 51(2), 141-153.
[7]. Le Gall, S., & Glor-Scheib, S. (1986). Academic help-seeking and peer relations in school. Contemporary Educational Psychology, 11(2), 187-193.



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