the hatch "shape of raw to come"リリースツアー郡山篇に同行した日記・その1
郡山に行くつもりじゃなかった。
と書くとまるで某パーフリの1stかアーサー・ランサムの児童文学のごときだが、彼らのハイエースに乗り込む瞬間まで、僕はマジで郡山に行くつもりなんてこれっぽっちもなかったのである。車中ではガンズ・アンド・ローゼズの『ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』が大音量で流れていて、ベーシストのザキヤマはハンドルを握りながら妙に嬉しそうに笑っており、ヴォーカルのみどりは助手席でノートパソコンを開き作業に没頭していた。バックシートの右隣ではギタリストのリョウケンが陶酔の表情でアクセル・ローズになりきっていたし、左隣ではドラムのりゅーさんが流れる車窓を眺めながらチビチビお茶割りを飲んでいた。そしてふたりに挟まれた僕は、予想外の展開に苦笑するばかりであった。僕がなぜ、彼ら――the hatchのリリースツアーの福島・郡山編に帯同することになったかといえば、話はほんの数分前にさかのぼる。
その夜、僕は渋谷のサーカスというクラブに彼らのライヴを観に行っていた。日高理樹さんとの2マンで、僕はその公演を大いに堪能した。日高さんの薄布を幾重にもかさねたような繊細なギター・ワークと柔らかくうるんだ歌声が織り成す音像はまるで夕焼けみたいにうつくしかったし、the hatchは怒涛のライヴ攻勢によって完全に仕上がりきっていた。彼らがツアーに発つ直前の渋谷のライヴも観ていたのだが、なんというか、骨太さがちがっていた。『男子三日会わざれば刮目して見よ』というが、精度も解像度もより増した、野生と知性がぶつかり合う凄味のあるライヴだった。マジでムッチャクチャに脂が乗り切っていた。
ンで、ひととおり撤収作業も済んで、ハイエースに乗り込み郡山へと向かわんとする彼らを見送っているとき、イキナリみどりがこう言ったのである。
「ていうかお前、郡山着いてくりゃいいじゃん」
予想外の一言に僕はたじろいだ。なぜなら帰ってネトフリで『ベター・コール・ソウル』の続きを観るというきわめて重要な予定があったし、三ヶ月近く無職生活をしているのでろくすっぽカネもないし、スッピンだし下着もかわいくないの着けてるしで、郡山に行く心づもりなど全くできちゃいなかったのである。
「いやぁ……いいよ」
僕は苦笑しながら首を振ったが、みどりはなおも食らいついた。
「だってお前、明日なんもねーじゃん」
正鵠を射る。とはまさにこういうときに使う言葉であろう。明日どころか明後日も明明後日も、僕は何の予定もないのだった。だって働いてねえし。『ベター・コール・ソウル』を観るという重要な予定はあったが、いかにシーズン6が神がかり的に面白いとはいえ冷静に考えて今夜急いで観る必要はなかった。上目遣いにチラリとみどりの顔を見ると、その表情は明らかに期待に満ちていた。
「……ッシャ」
僕がそう呟いてハイエースに乗り込むと、他メンバーたちも続々と車中へ雪崩れ込んでいった。今回のツアーで出発時のアンセムになっているという『ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』が大音量で流れ出し、『シャナナナナナナナ、ニーッ、ニーッ!』の大合唱が響き渡る中、クルマは走り出した。僕は『おれ、郡山行くの? 今から?』と思っていた。人生を楽しむ秘訣は“ボタンがあればとりあえず押す”精神である。こんなふうに夜が、予想もしない方向へ転がってゆくときは、いつも胸がデレッと甘くなる。こうして僕は郡山に向かっているというわけなのだった。
「つうか、なんでガンズなの?」
きわめて素朴な疑問を口にすると、ザキヤマから意外な答えが返ってきた。
「ツアー中、イオン寄ったらガンズのTシャツが300円で売ってて、これはもう買うしかねえってなって買ったんだよね。そしたら、みどりが“ガンズ一回も聴いたことない”っていうから、クルマん中でかけたんだよ」
ザキヤマの説明にミドリが続いた。
「そしたらマジで超カッコよくて、今回のツアーのテーマソングはコレだねってなったんだよね。毎回出発するときは絶対これ爆音で流してる。ガンズマジヤバい。そもそもアクセル・ローズって名前がカッコよすぎる」
いわれてみればその通りである。アクセル・ローズほどカッコいい名前がこの世に存在するだろうか? 完全にロック・バンドのヴォーカルをやるために生まれてきたような名前だ。僕は深々頷きながら答えた。
「アクセル・ローズって名前はマジで欲張りすぎでしょ。名前にアクセルって入ってる時点でヤバいのにローズも付いちゃってんだもん」
僕がそういうと、みどりは神妙な面持ちになり、遠い目で車窓を見やりながらボソリと言った。
「俺もアクセル・ローズみたいなカッコいい名前に改名しよっかな。山田みどりって名前ロックじゃなくない?」
みどりの爆弾発言に車中はたちまちヒートアップ。ここからの会話は発言者は伏せるので各自想像されたし。
「みどりって名前イケてるでしょ。苗字が山田なのも逆に相乗効果あるし」
「いや、もっとロックな名前がいい」
「たとえば?」
「ん〜〜〜〜〜……“小林 キンモクセイ”」
「小林キンモクセイは全然ロックじゃねーだろ」
「いや、小林キンモクセイは完全にロック。アクセル・ローズと意味的にほぼ同じ。横文字か日本語かってだけだから」
「小林キンモクセイに改名したら、ライヴ中に“こばやーん!”とか呼ばれんだよ」
「こばやんか~~。こばやんはちょっとハッチ的にNGかな」
「そういやリョウケンもソロギターでライヴするとき用の名前欲しいとか言ってたじゃん、なんつってたっけ?」
「ん? “ネイキッド・ブレイド”」
「超ダセー。っていうかブレイドって刃だからそもそもネイキッドなの当たり前だろ」
「じゃあ“ジャスティス・ブレイド”は?」
「鬼ダセー。言語感覚が北欧メタルすぎ」
「つーか次、マイケル・ジャクソン聴きたい」
「ジャクソン5とかジャクソンズじゃなくてマイケル・ジャクソン?」
「マイケル・ジャクソンがいい。クインシー・ジョーンズと組んでた頃の」
ほどなく車中で“ロック・ウィズ・ユー”が流れ出した。the hatchはいつだってこんな調子である。とにかく仲が良くて、ダルくてユルい冗談ばかり言っている。放課後の男子学生のようだ。高密度な楽曲と鬼気迫るステージングのせいか、近寄り難い、ちょっと怖い存在に思われているらしい彼らだが、実際のところはこんな感じなのである。
深夜高速を走り抜け、郡山にたどり着いたのは3時過ぎだった。今回のイヴェントの主催であるRebel One Excaliburのドラマーのピロさんが我々を迎えてくださり、一同、彼の根城へ向かったのであったが、まったくすごい家だった。ちょっとした料亭ぐらいの大きさの一軒家で、ダイニングキッチンなど実に広々していて、台所収納はグッチ裕三でも使い切れないのではないかというほどの数であった。それでいて家賃はプレステ4より安いぐらいだそうで、ちょっといろいろ考えさせられてしまう。ダイニングキッチンで酒を囲みながらしばし歓談したのだが、ピロさんは仕事終わりで仮眠してからthe hatchを出迎えるつもりだったそうなのだけど、楽しみすぎてまったく眠れなかったらしい。実にチャーミングな方である。そのうえグッド・ハートのナイスガイ、完全部外者イレギュラー丸出しの僕にもマジで親切に接してくれた。この御恩はいずれ返さねばなるまい。
そうして夜が明ける少しまえ、我々はすこやかな天使の寝顔でグースカピーを決め込んだのであった。
(つづく)
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